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花と傭兵

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■花と傭兵


 ――こんな場所もあったのか。
 突然現れた空間に、スコールは些か驚いた。
 だが、それも一瞬のことで、自然と緩みそうになる警戒を解かず、敵の気配を確認する。どうやら近くにはいないようだ――と確信する前に、隣を歩いていたティナが嬉々揚々と、一目散に土手を駆け下りていった。
 一面に広がる白や黄色の花畑を嬉しそうに眺めては、幸せそうに微笑んでいる。
「スコール、この花はなんて言うのかな?」
 珍しく声を張って尋ねたティナに、スコールは首を振った。
 薬草や食用の木の実ならともかく。花の名前なんて、大して覚えてはいない。
「そっか……」
 土手から降りようともせず、花に何ら興味を示さないスコールに、ティナは少し残念そうな様子を見せた。だが、それも束の間のことで、一人で土手下の花畑を楽しみ始める。
 やれやれと呟きながら、スコールは嘆息した。
「この調子では、当分動けそうもないな」
 戦いのさなか、ティナとともに仲間たちとはぐれたのはつい先刻のこと。
 厄介なことに、いくつもの異空間がくっついて出来たような世界だから、急いで探せば見つかるというわけではない。良くも悪くも人の想いが反映しやすい世界だから、ティナの意識が花畑から離れるのを待つのが、仲間と合流する一番の近道だった。
 花畑の傍らには、土を小高く積み上げただけの土手道がある。今の今まで、スコールとティナが歩いてきた道だ。
 土手と花畑を繋ぐ、雑草の生えた斜面に座って、待っている間にガンブレードの点検をすることにした。
 銃と一体型の剣を使う上で厄介なのは、血と汗と手垢で錆びてしまうことだ。リボルバーの弾を抜き、火薬と鉛カスを抜き、研磨剤で磨き、布で手垢を拭き取り、仕上げにガンオイルを塗る。
 ゆらりと鈍く光る銀色。
 ――狡猾で、残忍で、幾度となく人の命を奪ってきた戦場の輝き。
 作業自体に何らかの感慨を抱かないでもなかったが、それを面に顕すような人間でもない。端から見れば事務的に進んでいるように見える、スコールの作業が終盤に差し掛かったときだった。
 色とりどりの花を抱えたティナが、小走りで駆け寄ってきた。
「……ねえスコール、花飾りの作り方知ってる? 前に、オニオンくんに教わったのだけど」
 途中までティナが作った花飾りは、花と花がかろうじて輪っかの形に結ばれている――といった、ひどく歪な形をしていた。不器用なのか、結び目を作るときに何度も失敗している。
 それでもスコールの隣で果敢に挑戦し続けるので、仕方なくティナの手から作りかけの花飾りを取り上げた。
 花を何本か足して茎をまとめた後、縄を編む要領で頑丈な土台を作る。そこに、ティナが持ってきた花を差し込んで飾り立てていった。
 あっという間に完成したそれに、ティナが感嘆の声を漏らす。
「すごい。オニオンくんの作り方とはちょっと違うけど、綺麗だしとっても頑丈ね」
「本来の作り方は知らない。俺の作り方では、花飾りと呼ぶには大分、似つかわしくないだろうな」
 たとえば、山岳地帯でアクシデントが起こったと想定する。
 縄が必要だが手元にない非常時、仕方なく布などで代用する場合があった。スコールは、その応用で作ってみせたのだ。本来の作り方とかけ離れていて当然だろう。
「綺麗にはなったが、オイルの匂いがついたかもな。俺のような人間に渡すのは、止めた方がいい」
 戦いを食い物にする傭兵。そう生きると決めたのは自分なのに。
 花に触れたときの手の感触が、いつまでも消えそうにない。オイルの匂いよりも頑固にこびり付いて、厄介極まりない。
「…………」
 無愛想に返された花飾りを受け取りながら、ティナは少し考えて、首を振った。
「……そんなこと、ない。貴方だって花を見て笑っていいはずだもの。私がこんなにも笑顔になれるんだから、貴方も心の中では笑っているはずでしょう?」
 ――『ティナは、感情が欠落してるんだ』。
 スコールは、以前オニオンナイトが苦々しく言っていたのを思い出した。
 長い間不遇の目に遭っていた彼女は、普通の人間よりも情緒に乏しいのだと。オニオンナイトは、彼女の感情を芽吹かせようと、目下奮闘中だ。花を見て笑えるようになれたのも、もしかしたら彼の努力の賜物かもしれない。
「…………」
 何も言わないスコールに、ティナは少しだけ寂しく微笑んだあと、スコールの手を引いて花畑に連れて行った。
「ねえ、花って強いと思わない? だって、この不安定な世界で、こんなにも強く咲いてるから。いつの日かきっと、どんな痛みや悲しみも覆い尽くしてしまうんじゃないかな」
「そうなったら、俺は職を失うな」
 火薬の匂いと荒い銃煙の立ち上る戦場が、自分の在るべき場所だ。
 遠くを見てそう言うと、ティナは花飾りをそっとスコールの首にかけた。
 スコールの視線が、自然とティナのアッシュブロンドに落ちる。
「私、スコールを見ていると、なんだか悲しい……。そんな気がする」
 ティナは、泣き出しそうな顔で俯いていた。
 感情に乏しいはずの彼女が、自分の代わりに悲しんでくれている。
「……すまない。ありがとう」
 スコールは土手道へと戻りながら、聞こえるか聞こえないかぐらいの声で、そう呟いた。
 感情表現に乏しい性分を煩わしく思ったことは一度もない。むしろ傭兵という職業柄、感情に振り回されない性格が功を奏した経験は何度もあった。
 だが、こんな時に素っ気ない言い方しかできない自分は、些か不甲斐ないとも思う。
「お礼なんて、言わないで」
 切ない声を出して、ティナはふるふると首を振った。スコールの背中を追いかけて、隣を歩き始める。
 花の似合う、心優しく臆病な彼女。
 一刻も早く自分の隣から離れられる日がくればいいと、スコールは思った。