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End Of A Century

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勢いよく事務室のドアを開けて外に飛び出した。背後で鉄扉がバタンと大きな音を立てて閉まる。思いっきり殴られた頬が痛い。六月の夜にしては肌寒かった。じんじんヒリヒリする左頬は全然収まってくれないが、俺の頭は急激に冷えた。かっかとした気持ちがおさまってくる。
全く最悪だった。いったいなんでいつも俺はこうなってしまうんだろう?


殴られて当然のことをしたとは思っている。ソライチさんがあんなに激昂するなんて思ってもみなかったけど。ウソ、ホントは分かっていた。俺はきっと殴られる――そう思いながらあの言葉を口にしたのだった。
「……期待を裏切ってくれよ……」
全くうんざりだ。見ろよ、あのミオの顔。まったく笑えるぜ。



サークルの先輩の一人が一昨日死んだ。自殺だった。


カケルさんは俺の一コ上で、同じ部署だった。ソライチさんと仲がいい。正確には良かった。情報学類の三年生で、実際本人もいかにも情報、って感じだった。俺の第一印象は、あーなんかこの人いじめられてそうだなー、だった。なんか暗そうだし会話するのヘタクソだし。ほら、高校とかでいわゆる完全に浮いちゃってる奴っているじゃん? 休み時間にずっと机につっぷして寝てるフリしてる奴みたいなさ。生きてて楽しいのかなって俺は思うけどね。カケルさんはそこまでコミュ障ではなかったけど。
 コミュ障ではなかったけど、ホモではあったわけだ。笑える。情報の奴らからカケルさんがホモだっていう噂が広がってるって聞いたけど、俺は実際半信半疑だった。でもあのソライチさんの反応を見るに本当だったんだろう。ダメだ。ミオのあの顔。思い出すだけで笑えてくる。お前のこと殺してやるっていう顔してた。


俺が言ってやったからだ。
ホモだから自殺したんだって。
カケルさんはホモだから自殺したんだって。
ホモだって噂が立って、情報の奴らにイジられてたから死んだんだって。
当然だ。俺がホモだったら死にたくなるぜ。
そう言ってやったんだ。


だってそうだろ? ホモだとか、ありえないだろ。カケルさんがホモっていうのがまたウケるんだけど、実際気持ち悪いっていうか、本当にいるんだ、みたいな。新宿二丁目とかにいるんじゃないのかよ。怖っ。襲われたらどうするんだよ。


だから当然なんだ。カケルさんなんか死んで当然なんだ。フツーじゃない奴はみんな頭がおかしい奴ばっかりだ。

なのになんで俺はまたふるえてるんだろう?
俺はいったいなにが怖いんだろう?
カケルさんは死んで当然だと思ってるのに、あんなこと言わなきゃよかったんだっていってる俺がいる。いつもひどいことを言って、 それは俺の本心なのに、いつも後悔する。


「End of a century......It's nothing special」
俺は口の中で小さくつぶやいた。ガキだった俺が怖くて怯えてたとき、アルマが教えてくれたおまじないだ。
「……She said there're ants in the carpet」



彼女はカーペットにアリがいるわって言った。
汚れた小さな怪物。
食べかすを全部食べてる。
ごみを拾ってる。
彼女に刺激をあげなきゃ。
何かはじけるようなものが必要なんだ。
おはよう、テレビ。
すごく元気そうだね。
そしてぼくらはみんなひとりになりたくないって
言う。
僕らが同じ服を着てるのは同じ気持ちだから。
おやすみを言うとき乾いたくちびるでキスするんだ。
世紀の終わり、でも特別なことなんてない。




俺は小さなころからいじめっ子だった。俺がそう言ったんじゃない。誰かがそう言っただけ。だっていじめられる奴が悪いんだから。いじめられる奴は原因があるんだから。いじめられるのが嫌ならいじめられるようなことをしなければいいんだ。だから俺は悪くない。自然淘汰、弱肉強食。科学だってそう言ってる。だから当然なんだ。でも俺は、いじめられてる奴らが俺のことを恨めしげに睨むのが怖くてしょうがなかった。小学校のころ校庭でひとりで遊んでる奴のボールを取り上げてやった。名前も忘れてしまったけど奴の恨めしげな目が怖くて眠れなかった。俺はいつでも俺がいじめてきた奴らが俺に復讐するのをおそれていた。そんなときアルマが俺に歌を教えてくれた。


アルマは隣の家に住んでいた。女子高校生のくせに外国人みたいなパーマをかけていて、ルーズソックスにミニスカか、流行りのアメカジ、そうでなければごつい編み上げブーツを履いていた。ロックスターのポスターが壁にベタベタ貼ってあるアルマの部屋はいつも洋楽のブートビデオがかかっているか、変なお香が充満していた。中学に上がったばっかりの俺は早熟な子供で、アルマの部屋に入り浸っていた。
そのとき二十世紀が終わる直前で、ノストラダムスの予言を信じて世界が終わると怯えてた俺に教えてくれた。ブラーの『エンドオブセンチュリー』。


「怖くなったら言ってみな。End of a century, it's nothing special」
おまえデーモン・アルバーンに似てる、ってざらざらに荒れたライブ映像を指して言った。
俺が心を許せるのはアルマだけだったのに、アルマは卒業してすぐ仲のいいクラスメイトと一緒に東京に行ってしまって帰ってこなかった。


それから俺の頼りはこのおまじないだけになった。中学生のとき、クラスにロハっていう根暗でガリガリな女の子がいた。あだ名はデメキン。ぎょろぎょろしたでっかい目だったから。ロハはいつもクラスの憂さ晴らしの種だったから、俺も機嫌が悪かったのでロハのカバンをすれ違いざまにひったくって廊下にぶちまけてやった。そしたらロハは持ち込み禁止のDVDなんかを持っていて、調子に乗ってるので俺が没収した。友達と一緒に見るんだとロハはわめいてたけど、せっかくなので家に持ち帰って鑑賞してみることにしたんだ。


その映画ははっきり言って気分が悪くなるようなシロモノだった。中年オヤジのゴム人形がグロテスクな器官をさらしながら小便をまき散らすシーンは吐き気を催した。えんえんと塀の上を歩き続けるシーンは何が面白いのかわからなかったし、最後まで見てもストーリーを全く理解できなかった。見たことを後悔するような映画だった。
でも俺にはこの映画のことを誰にも話せなかった。誰にも。ロハにだって映画の感想を共有する友達がいるというのに。映画だけじゃない。何度も何度も聞きまくった『パークライフ』も、今でも大事に持ってるSFジュブナイルのことも、俺は誰にも言わなかった。


その夜ベッドに入ってもなかなか寝付けなかったけど、おまじないを唱えたら少しラクになったような気がした。



そしてミオ。大学に入って初めてのトモダチ。いや、元トモダチ。きっと向こうは一回だって友達だと思ったことはないに違いない。俺のはトモダチであって友達じゃないらしいから。UKロックが好きだって知ってもしかしたらうまくやれるかもと思った。一瞬だけ。実際ミオはオアシスが好きだったわけだけど。チビでひょろひょろで意味わかんない爆発したような髪型で、最初からなんだコイツって思っていた。
作品名:End Of A Century 作家名:坂井