あべこべ
闇夜に月だけが光っている。元就はその光を頼りに筆を走らせながらすぐそばで本を読んでいる宗茂に問う。
今日は4日1日……真っ先に誰かの誕生日という考えが浮かんだが、誰の誕生日か検討もつかない。それ以外の何かなんて本人には想像もできなかった。宗茂は素直に元就に伝える。
「……いえ、存じません。」
元就は自分が思っていた通りの返答を彼がしてきたため、予め用意していた言葉をさらりと紡ぐ。
「そうだろうね、私も最近知ったよ。西洋の方では、4月1日の今日はエイプリルフールというそうだよ。」
その言葉を聞いても宗茂は頭にはてなマークを浮かべながら、真っ直ぐに元就を見つめる。
元就は一瞬宗茂ななぜそんな顔をしているのか疑問に思ったが、すぐにエイプリルフールという言葉の意味が分からなかったのかとを悟る。あわててそれを説明しようと口を開いた。
「あっ、エイプリルフールっていうのはその日一日だけは嘘をついてもいい日なんだ。」
宗茂はそれを聞いてやっと、エイプリルフールをなんとなく理解した。そこで、一つの考えが頭によぎる。
「……では、俺は元就公にどんな嘘もついていいのですか?」
真剣な眼差しを向けてくる宗茂が視界に入り、元就は頭を掻きながら答える。
「まぁ、そういうことになるかな。」
宗茂はその眼差しを向けたまま言葉を続ける。
「元就公。俺はあなたのことが嫌いです。」
「へっ?」
元就は彼が自分に何らかの嘘をついてくるだろうとは思っていたが、あまりにも予想外の言葉に驚きを隠せずに変な声が不可抗力で出てしまう。
だって、いつもは真逆のことを腐るほど言われ続けているからだ。朝挨拶を交わすときも愛していますと言ってくるし、食事をしているときだって言ってくる。そうだったのに、いきなり嫌いですと言われたため反射的に驚いてしまっていたのだ。
それに気づき、元就はなんだか恥ずかしくなってくる。これでは自分が嫌いと言われることが嫌だったみたいじゃないか。
宗茂はその様子を見て隠しきれない笑みが漏れる。
「嘘です。俺はあなたのことを愛していますよ。……可愛い声を出して、そんなに俺に嫌われるのが悲しいことですか?」
それを聞いて元就は慌てて弁解しようと、頭を回転させる。何秒と経たずに次の説明をした。
「えーっと、さっきの声はその……通常では言われない一言。異常な言葉を突きつけられて驚いただけ。残念がらそんなことは決してないんだ。」
宗茂は腰を少しひねって元就の頬を右手で撫でる。元就の目が少し揺らいだ。
「と、いうことは好きと言われることが当たり前だと考えていたのですか?」
宗茂に触れられている元就の頬はみるみるうちに赤く染まる。それは、確実に宗茂の言っていることが正しいからだ。
元就にとって宗茂に愛していると言われるのはいわば日常のようなもので、いつの間にか何気ない生活のなかに溶け込んでいた。その事実が二人の距離の近さを明白に表している気がして気恥ずかしくなったのだ。
「そ、れは……」
しかしろくにそれもできないまま言葉が出なくなる。
宗茂はそれを愛らしく感じ、元就のことを抱き寄せる。元就はいきなりの相手の行動に目を見開いた。
「意地悪してすいません。ですが、元就公のことを愛しているのは本当です。」
改めてそんな生真面目に言われれば、元就はますます頬を赤くする。しかし、それを声に出さないようできるだけいつもの調子で元就は言葉を紡いだ。
「それは知っているよ。いつも言っているじゃないか。」
宗茂は元就の強がりをあえて指摘しないで、そのまま会話を進める。
「あはは、そうですね。」
「私も君に嘘、ついていいかい?」
宗茂に抱かれたまま新たな言葉を発する。その方が顔が見えない分都合が良かった。
宗茂はその内容に胸を膨らませながら答える。
「ええ、どうぞ。」
「宗茂のことなんて……大嫌い。」
予想していたはずなのに、これを言われたかったはずなのに、宗茂の顔は真っ赤に染まる。それを紛らわすために元就を抱いていた腕の力を強めた。
元就もそれに答えて、相手の背中に腕をまわす。
end