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大殿が不老不死だったら

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今日は風が強い日で、髪の毛がしきりに揺れて視界を遮り鬱陶しい。早く自宅へ戻ろうと自然と駆け足になってくる。何度も髪の毛を手で直しながら走った。
そのせいで10分もしないうちに到着する。少し息が上がっていて嫌でも年齢を実感した。
「やぁ、私に会うためにそんなに急いでくれたのかい?」
靴を脱ごうと扉の方を向いて腰を下ろしたとき、今はもう聞くことも出来ない懐かしい声が背後から聞こえた。素早く後ろを振りかえると、そこには昔と何ら変わりない姿で佇むその人がいた。
「なぜあなたがここに……」
思わず率直な感想を口にしてしまっていた。だって絶対にあり得ないことが、今まさに起きているのだからそうしないほうがおかしい。
「居てはいけないかい?」
その人は軽く笑いながらこちらを見つめてくる。あえて的外れな返答をして、こちらの様子を楽しんでいるように見えた。
「いえ、そのようなことでは……」
「だったら別に構わないだろう?」
俺が尋ねているのは『ここにいてはいけない』かではなく『なぜここにいるのか』を聞いている。それを相手は分かっているはずなのにまだ明確な答えを避けていた。相手の顔を見ると案の定頬は緩んでいる。
「ですから、あなたはなぜここにいるのですか?」
その人は頭を掻きながら困った様子でしゃがむ。私が知っている生きていた頃のその人の仕草と似ていて、ここにいる人物は紛れもなく元就公なのだと感じた。
「……私はもう一度死んだふりをしたんだ」
訳が分からない。息を引き取ったその場に居合わせてはいないものの、確かにこの手で元就公の冷たい手に触れた。その感触は今でも鮮明に思いだせる。
なぜなら、元就公が亡くなった時は最初何かの間違いで誰かの冗談かと思っていて。それこそまた死んだふりをしているのかと錯覚していた。しかし、その手に触れると正しくそれは死人の手で、一気に現実に引き戻された気がしたからだ。俺はその後もしばらく行き場のない虚無感に襲われた。
もう、死んだふりなんて子供みたいな冗談だとしか思えない。
「本当のことだ。私は死にたくても死ねない。だからそのふりをするしかない」
頭の中がぐしゃぐしゃになっているのが自分でも分かる。しっかりと状況を把握しきれていない。
その人が言っていることが全部本当であったとしたら、あの日---元就公が亡くなったとき涙しながら読んだ遺言状や冷たくなった掌はどうなってしまうのか?
あの時のことを考えるとどうしてもこれを事実だと認められないし、認めたくない。
「死んだふりをした理由は一つだけある。それは死ねない体になってしまった理由まで遡らないといけないけれど、私のような体になってしまった人たちにはあるルールがあってね。それを守らなければならなかった。それは『誰にも不死であることを知られてはいけない』というものだ。破ると関係のない周りの人をも巻き込むことになると言われたよ。だから、そうするしかなかった。……信じてはもらえないだろうけどね」
元就公は俺から目を背けた。罪悪感がそうさせたのだろう。いつものように、あまりにも自分勝手で真っ黒な自分に嫌気がさしているのだろう。そう思った。
「あなたは他人に誇れることをした」
気がつけばそんなことが口から出ていた。さっきまでのもやっとした気持ちはどこか遠くへ行って、この人を支えたいという感情がこみ上げる。元就公は驚いて目を見開いていた。
それを気にもとめず、言葉を続ける。
「だって他人のために行動しただけだ。大切な人を守ろうとした。それだけで十分だろう? それに……こうして俺に会いに来てくれたんだ」
そう言うと、元就公を優しく抱き締める。柔らかい髪が頬に当たってむず痒い。
元就公は体をビクッと震わせたが、その後は黙って頭をこちらに埋めてきた。
「……私は沢山の人々を不幸にさせた。この頭で。この手で。それに私のことを愛してくれていた君をも欺いた。こんな人間を君は心から許せるかい?」
今にも泣き出しそうな声で呟く。俺は抱いている腕の力を強めた。
「俺はただあなたが死んだときのことを思い出して感傷に浸っていただけだ。最初からあなたのことを責めてはいません。俺は、
この命が尽きるまで元就公の支えとなりたい」
「どうもありがとう。……でも、宗茂が許してくれても運命は変えられなかったみたいだ」
元就公は涙を流しながらそう言ってくれた。しかし、それの返事を返す前にとても異常なことが起きた。
元就公の体が半透明になり、抱いている感触が無くなっていったのだ。さっきまでちゃんと実体としてそこに存在していたものが透けていく。
「元就公?」
何が起きたか理解できず問いかけてみても返事がない。腕の力を必死に強めてもみるみるうちに透明へ近づいていく。
また元就公の冗談だ。そう思いたかったが、どう強く抱き締めていてもその感触は薄れていくばかりで。俺は自然と涙を溢していた。
どうして彼はこのような時にいつもいなくなってしまうのか。
「な、んで……どうして」
思ったことをありのままに呟く。でも、元就公のそれに対する答えは無い。
「君に出会えてよかった。……愛している」
最後に消え入りそうな小さい声で言うと、体は完全に透明になって跡形もなく消えた。そこにはただの空間を抱いていた俺が一人取り残された。
俺は黙って涙を手の甲で拭うと、靴を脱いで家に入った。
そして冷静に考えてみる。すると、先程の出来事は夢だったんじゃないかと思う。
そうでなければ、元就公の馬鹿げた冗談や透明になって消えたことの説明がつかない。
人を愛しすぎて幻想を見てしまった女々しい男の夢だとしておこう。
この夢を覚まそうと寝室に行って布団に潜る。寝間着に着替える暇なんて自分の中にはなかった。
左側を向くとどこか湿っている気がしたが気にはせずそのまま眠りについた。


End
作品名:大殿が不老不死だったら 作家名:amane