とおせんぼ
広げた腕はぷるぷる震える。それでも、赤い和服を着た少女は、倍以上も背のある外国人をきっと睨んだ。家の中に通してはいけないのだ。大丈夫、ぽちくんだって居るのだから、少女は隣でほえるふわふわの小型犬を頼もしく思う。外国人は困った顔をして、一人と一匹を見据えた。
「通しては、くれないか」
紳士らしい落ち着いた声で、彼は言う。けれど少女は手を伸ばしたままで、首を振った。ここはもう家の前、門の傍、許せば外国人はそのまま菊の元へ行くだろう。この男のせいで、菊は三日も寝込んでいるというのに! 押し切ることも出来ず、かといって帰れもせず男は更に困り顔。
菊とこの男の間に何があったかなど、少女は知らない。前に一度、彼がこの家に泊まりに来た時、いたずらを仕掛けてみたりしたけれど、だけどそれだけ。どういう人物か、なんて知らない。河童のおじさんは一緒に風呂に入ったりしたそうだし、悪い人では無いだろうというけれど、でも、菊を苦しめるなんて、許してはいけない。まして、寝込んだ菊にのうのうと会いにくる、なんて!
涙目で見上げる少女に、男はふぅと溜息を吐いて、一度奥の家を見て、それから、よっこいしょ、しゃがんで、少女と目線を合わせて、困った顔で、笑って見せた。
「菊に、会いに来たんだ。駄目か?」
青色だった。青い瞳を、少女は始めて見た。澄んだ、とても綺麗な湖の色が、どうやったら菊をあんなにも苦しめられるのだろう? とおせんぼの腕が、少しだけ、下がる。いけないよ、ぽちくんがほえて、鳴き声に勇気を貰う、そしてまた外国人に視線を戻す。
「駄目、です」
震える声で、頑張った、その時。ぽちくんが鳴き止んだ。そして、玄関扉が、がらり、開く。
「まったくぽちくんがうるさいと思ったら。来ないでくださいと言ったでしょう」
赤い顔をして、はんてんを羽織った菊がふらふらと家を出てきた。違う意味を含んで鳴き出したぽちくんを撫でつつ、菊の視線は少女を通り越して、男を示す。男は立ち上がって、もう少女なんて眼中に無いかのように、よろめいた菊の傍に駆け寄った。菊はためらって、でも差し出された手を受け入れて、身体を預ける。その目は外国人しかみていなくて、少女には声もかからなくて。
分かっていた。知っていた。菊には少女が見えないこと。でも、見えなくても、気付かれなくても、菊を守りたかった。広げていた腕はしびれてしまって、ぶらん、力なく垂れる。睨む目も、もう宙ぶらりんだ。菊が彼を受け入れるなら、少女の頑張りなんてとんだおせっかいだった。門の前で立ったまま、少女はぼろぼろ涙をこぼす。
「とりあえず、中に入ってください」
菊に促されて、ぽちくんは犬小屋へ帰る。そして、外国人は、あれほど少女が頑張ったとおせんぼにも関わらず、簡単に家に入ってしまった、続いて菊が玄関に入る、足音を聞きながら、少女は背を向けたままで、扉が閉まるのを待っていた。菊には少女が見えない、だから。大粒の涙が、着物の袖を濡らして、寂しい、思っても仕方の無いこと、だったはず、なのに。
「何してるんですか、あなたも早くお入りなさい」
あっさりと、声がした。振り向くと、外国人に支えられながら、玄関で菊が手招きしていて、お久しぶりですねぇ、なんてとぼけて笑うものだから。
少女は更に涙をこぼして、菊のはんてんに飛びついた。