aph 『紅葉日記』
『 十月三日 はれのちくもり 』
さっそくイタリア君とイギリスさんから返事の電話が来ました。二人とも来られるとのこと。
イタリア君はイチョウの葉を褒めてくれました。
イチョウはヨーロッパでは絶滅したと思われていたのだそうで、
「日本のおかげで伝説のイチョウの紅葉を見られるよー。俺、楽しみにしてるねー」
と相変わらず軟派師らしい口のうまさです。あのように楽しみだと言ってもらえて嬉しくならない者はどこにもないでしょう。社交上手でうらやましい限りです。
イギリスさんはその対極の方かもしれません。
私が電話に出るなり、
「このスピード情報化の時勢に、なんで何日もかかる手紙なんかで知らせてくるんだよ」と抗議されました。
「すみません。一応、最も早く着く速達にしたつもりだったのですが……」と謝ったところ、
「まぁ出しちまったものはしようがないけど……電話のほうが何かと便利だろ」
とアドバイスを下さいました。
確かに、タイム・イズ・マネー(時は金なり)ということわざをお持ちのイギリスさんなのですから、私の配慮が足りませんでした。
そこで、
「そうですね。インターネットという手段もあるのですし、電子メールでお送りすれば一瞬で届きましたね」
と言うと、
「……それじゃ声が聴けないだろ……馬鹿」
と叱られてしまいました。
私は『ひょっとしてイギリスさんがお返事を文書ではなく電話になさったのは、私の声を聞きたいと思って下さったのかもしれない』とありがたく思い、お礼を言おうとしたのですが、
「い、言っとくけど、別にお前の声が聞きたかったとか、そういう意味じゃないからな! 勘違いすんなよ!」
と、釘を刺されてしまいました。
「わかってます、大丈夫です」と気丈に答えたものの、お前の声など聴きたくはないというのは、いささかこたえました。
ついた溜息が受話器越しに聞こえてしまったものか、イギリスさんもそれきり黙ってしまわれました。
招待する側であるのに、これは申し訳ないことをしてしまったと反省し、
「電話より、直接お会いできるのが何よりも一番ですね」
とフォローしましたら、機嫌を直されて、お越しの際はお土産にイギリスさんご自慢の紅茶と、お手製のスコーンを持ってきて下さるとのことでした。
そこまでしていただかなくても……と思いました。
作品名:aph 『紅葉日記』 作家名:八橋くるみ