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四部in7人目【七人目のスタンド使い】

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――― 十年後 杜王町




あの29日の戦いも終わり、時系列は元に戻っていった。
とっちらかっていた世界が元に戻っていった。もうボクの住む杜王町には承太郎の家はないし、焼け焦げた家もなくなった。様子のおかしい学生も居なくなって、街は平和に戻っていく。
ただ、数人の学生がボクの目の前から忽然と消えていたことに気がついた。例えば、髪の長く綺麗だった女の子だとか、図書館にいた漫画の好きな小柄な少年とか、体育館の裏で猫を追いかけてた鈍くさそうな子とか……彼らも、もしかしたら『フェナキスト・スコープ』の中で混ざっていた未来か過去の子だったんじゃないかなんて思う。
あれから十年。
小説家になったボクは、本当に偶然に承太郎とジョースターさんに再会した。
長くて苦しくて、そして楽しかった旅の中の思い出は、ボクの中で全く色あせては居なかった。
あの連戦の記憶だって、ボクの体に染み付いている。

ジョースターさんの息子だという仗助くんに、ナイフが突きつけられている光景を見た瞬間、傍らに現れたワイルド・ハーツが、歯をむきだして駆け抜けていく。
その鋭い爪がギラリと太陽光を反射して、残光をたなびかせる。
横目で承太郎を見上げれば、涼やかに凪いだ瞳とかち合って唇が釣り上がる。
さすが親友。ボクの言いたい事はわかってくれているようだ。

「ワイルド・ハーツ」

意識下から開放した狼は、少しだけ嬉しそうな顔をしながら駆け抜ける。
獲物を狩る狼のように、誰にも負けない速さで逃げる敵を追いかけた。久しぶりに全力で疾走するボクのワイルド・ハーツに、速さで適うものはいない。
一撃。仗助くんの背後に迫っていた敵スタンドの本体を一凪すれば、そのままに叩きつけられた男は意識がない。
距離にしておよそ50Mは離れた位置の敵を一撃で昏倒させたスタンドに、仗助くんは目を見張ったようだった。
ワイルド・ハーツは久しぶりに出た外が楽しいのか、ボクの意識から離れて壁をかけ上がってどこかへ消えた。
呆れつつも臨戦態勢を取っていた仗助くんのもとに承太郎と駆け寄った。

「大丈夫かい?」
「た、助けてくれたんスか……?」

手を伸ばすと、素直に借りて立ち上がった。ジョースターさんと同じ色をした瞳に、よく似た目尻、ぱちりと瞬いてこちらを見る様子は、幼い少年らしいのに、どこか張り詰めた心地良い緊張感を醸し出している。そういうところは、承太郎とよく似ていた。いや、おそらくジョースターってのはそういうものなのだ。
大海原を見る人間、その雄大さに敬意を払い、緊張するような、そんな空気を纏うものなのだろう。

「チッコいねーちゃんも、スタンド使いッスか?さっきのが?」
「そう、さっきのはボクのスタンドよ。スター・プラチナじゃあ届かないからね。それにチッコイって言っても、承太郎と同い年だよ?ボク」
「承太郎さんとォ!?」
「こいつは波紋をジジイから習っている。若作りなだけだ。名前は大神。俺の親友だ」
「若作りって酷いな。承太郎だって波紋の才能有るくせに」
「面倒だぜ」

彼からはっきりと親友と呼ばれて、背中がムズ痒い気がした。軽口で誤魔化したけれど、頬が緩んでいるのがわかる。
ああ、仗助くんの目が輝きをましてボクを見ている気がする。
早く帰ってこいワイルド・ハーツと念じると、機嫌の良さそうな唸り声と共に帰ってきた。
小柄とはいえ成人女性を一抱えできる大きさだから、この子は結構大きい。承太郎よりも頭三つは背が高いワイルド・ハーツを、承太郎は懐かしげに目を細めて見上げた。

「久しぶりだな、ワイルド・ハーツ」
「グルル……」

喉の奥で低く唸り、鼻面を承太郎の伸ばした手に擦り付けた。よかった、さすがのワイルド・ハーツでも、苦楽を共にした仲間の臭いや顔を忘れてはいなかったらしい。

「これが、ええと、大神さんの……?」
「遠距離スピード型の、ワイルド・ハーツっていうスタンドよ。自立型のスタンド」
「か、かっけェーーッ!グレートォ!」

どうやら警戒心を解いてくれたらしい仗助君ははしゃいだ声で褒めてくれた。
そのままカフェ・ドゥマゴへ足を運ぶ。
そこで聞かされたこの町を食いつくす殺人鬼に、ぞわりと肌が懐かしい感覚に粟立った。
そして、腹の奥から沸き上がる感情にうなじの毛が逆立つような気がした。

「吉良……吉影」
「はいッス。だから、大神さんも気を付け――」
「承太郎。ボクに何故言わなかった?ボクがこの町に居ることは知ってたはずだ。ジョースターさんが来たときに、ボクと会ったんだから」
「てめーを巻き込むこたァねえ。そう思っただけだ」

仗助くんが何かを言いかけたのを遮って承太郎を問い詰める。仗助くんがビクリとしたようだったが、申し訳無いことに見なかったことにした。
深い緑がかった海色の瞳が、ボクを真っ直ぐ見つめて言葉を紡ぐ。何時か見た深海よりも深く、激情を沈めた海は、ボクの美意識にそぐわない。
いつから、そんな目をするようになった。

「承太郎」
「――――やれやれだぜ。てめーはどうしてそう、底抜けにお節介で御人好しなんだ」

DIOとのときもそーだったな、なんてごちて、承太郎は真っ白い帽子をずらして顔を隠した。
そうだったね、あの旅に同行したとき、ボクは即答した。

「それに、ここはボクの町でもあるよ。こればっかりは、ただのお節介じゃない。聞いた以上、放っておけるわけがないじゃあないか」

笑って返すと本の少しだけ承太郎の口許が緩んだ。

「というわけだから、ボクも力になるよ仗助くん」
「は、はいっス!」

ん?何でそんなにビクついているんだろう?





「お、大神さんッて、可愛いのに、す、すげエ……」
「吸血鬼に一歩も引かなかった女だぜ。タダモンじゃあねえに決まっているだろう」