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はろ☆どき
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流れ星をとらえし者【CCS8新刊サンプル】

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一章




 エドワード・エルリックが旅先から呼び戻されたのは、前回イーストシティを立ってから丸三ヶ月が経過した頃のことだった。
彼には最低限月に一度は何かしらの方法で、後見人の管轄である東方司令部へ状況報告をするという義務がある。
しかし軍属として課されている非常に緩いその義務を、意図的に数度怠った挙句、銀行口座を凍結されるという強行手段に訴えられたのだ。
 司令部の入口で国家錬金術師の証である銀時計を門衛に見せると、鎧の弟と二人、速やかに中へと通してくれた。
 エドワードが十二歳で資格を取ってから、丸二年が過ぎていた。
最近でこそようやく普通に入れてくれるようになったが、兄弟が旅を始めた当初は、どうやっても子供にしか見えない兄と、どうやってもその弟には見えない厳つい鎧姿ではあからさまに怪しまれ、銀時計もよくできた偽物だとか盗人扱いされる始末だった。
 そうして門の外で兄が憤慨して喚き散らしているところに後見人である男がやって来て(恐らく報告がいっていたのだろう)、人の悪い笑みを浮かべつつ、門衛に取りなしてくれるのが常だった。
 貸しというものを作ることを良しとしないエドワードは、その事が大層不満だったが、男は体のいいさぼりの言い訳にしていたようだったので、それでチャラにしてやるという寛大さをもってやり過ごすことにしていた。
 にも関わらず、男は毎度のように蒸し返しては嫌みを言ったり面白がってからかったりするので、エドワードの後見人に対する態度は悪化する一方だった。
「今日も直ぐに入れてもらえてよかったね、兄さん。きっと大佐が話を通してくれてたんだよ」
 受付も銀時計をちらと見せるだけで通過し、弟のアルフォンスは鎧で表情はよく判らないが嬉しそうな声で話かけてくる。
 しかしエドワードはこれも毎度のことながら、素直に頷くことはできなかった。
「けっ、いたいけな青少年の生活費を差し押さえるような奴がどうだか。見つけたら取っ捕まえろとか指示してたに違いないさ」
 そう言い捨てると、ズボンのポケットに両手を突っ込みながら、どかどかと柄悪く後見人のいる執務室へと歩みを進めた。
 できることならその方向に進みたくはなかったけれど、怠っていた報告義務を果たし、場合によっては不義理の詫びを入れ(るフリをし)、あわよくば新たな情報をもぎ取る為には行かねばならない。
 兄弟は自分たちの身体を取り戻すことを目的に、実在するか不確かな伝説級の「賢者の石」を探す旅をしている。
 エドワードが国家錬金術師となり軍属となったのは、その為の手段でしかない。
 何よりその原因を作ったのは自分なのだから、時には頭を下げることもやって見せねばならない――そうエドワードにしてはたいへん殊勝な思考を頭の中で繰り広げていたのだが。
「もー兄さんたら! 三ヶ月も報告書出さずにいたからでしょ。僕は一度戻ろうって何度も言ったのに」
 弟の至って正論且つ己を正当化する発言によって遮られることとなった。
「どの件で足がついたのかなぁ。心当たりがあり過ぎて僕胃が痛いよ……」
 可愛らしい声で嘆きつつ、頑強そうな鎧の腹の辺りを押さえて見せる。
「んなわけねーだろ! 言ってろよ、まったく……」
 鎧の中身は空洞だ。アルフォンスは鎧に定着した魂のみの存在である。従って痛覚というものはない……はずである。
 つまりは兄に対する嫌味なわけだが、この程度のやりとりは幼い頃からお互い慣れっこなので単なるじゃれあいの一環だった。
 なんやかんやと仲良く賑かに司令部の奥へと進んで行く二人に、時折すれ違う軍人達は皆一様に微笑ましげな視線を送る。
 それが意識せずとも帰る家のない兄弟をほっとさせる要因となっていた。故郷でもないのに「帰ってきた」という気にさせられる。他の司令部では得られない感覚だった。
 そうこうしているうちに、目的地である執務室の前へと辿り着いた。
 固く閉じた扉を前にして立ち止まり、さてと息をつく。
 常ならばよほど立て込んでいない限り、受付から連絡を受けた顔見知りの誰かしらが入口まで迎えに来るなり、執務室へ取り次ぐなりしてくれるのだが、今は誰も居ない。
 今回など呼び出した本人が入口で待ち構えていてもおかしくないほどなのに。
 ここに来るまでの間に垣間見た司令部の様子では、特に慌ただしい雰囲気はなかったと思うのだが。
 偶々顔見知りは皆出払っているか、或いはその面々に限って立て込んでいるのか――軍部内にも敵の多い上司の元であれば、彼の腹心の部下達だけが何か画策していて慌ただしいということもあり得るだろう。上司自身も対応に追われているのかもしれない。
 しかし、例えこの部屋の主が忙しかろうが、ひょっとして今ここには不在であろうとも、強硬な呼び出しを受けてここまで来たからには、訪れたという事実が重要だ。
 エドワードはそう結論付けると、気を取り直していつもどおり(正にいつもどおり)に、ノックをせず勢いよく執務室の扉を開け放った。
「よお、大佐! 呼ばれたから仕方なくきてやった……ぜ……?」
 扉を全開にして部屋の中へ乗り込むと、中にいた数人の視線が一斉にこちらへ向いた。
 それはもう、痛いと感じるほどに。
 いつもなら執務室の手前で顔を合わせる面々が一同に会していて、皆至極深刻そうな面持ちをしている。
 これはやはり緊急の某かがあったのだろう、今ここに足を踏み入れてはならない。
 エドワードの直感はそう告げていたが、後退りしようと踏み込んだ一歩を浮かすより先に、彼らが畳みかけるように次々と声をかけてきた。

「よお、大将。あいかわらず元気いいな」
咥えタバコにヒヨコ頭の長身はハボック少尉。

「強引に呼び出して悪かったな、エド」
恰幅のよい腹をした中背の男はブレダ少尉。

「緊急の事態が起きてましてね」
ひょろりとした風貌に細い糸目のファルマン准尉。

「待っていたわ、エドワード君。早速だけどお願いしたいことがあるの」
 紅一点であるがこの中で一番凛として有無を言わせぬ気を放つ、ホークアイ中尉。

そして、いつもなら執務机に積み上げた書類の間から、緊張感のない、エドワードにとっては大層嫌みったらしい第一声を投げかけてくるこの部屋の主――東方司令官であり、エドワードの後見人である男――ロイ・マスタング大佐その人の姿はそこにはなく。
 果たして、執務室はまったくもっていつもどおりではない、緊迫した空気で満たされていた。


※※続きはオフにて※※