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王子様と灰かぶり

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芥辺探偵事務所の一室に佐隈りん子がひとりでいるとドアが開いた。
佐隈はそちらのほうを見る。
「ベルゼブブさん……?」
入ってきたのはベルゼブブ優一だった。
その姿に、佐隈は不審そうな眼を向ける。
「なんでそんな格好してるんですか?」
「これが私の本来の姿です」
むっとした表情をベルゼブブは佐隈に向ける。
その顔は美形、すらりとした長身で、王子様という言葉が似合う容姿だ。
「いや、だから、どうしてその姿なのかと思いまして」
「私がアクタベ氏に頼んだのです」
「頼んで聞いてくれる相手だとは思えないんですが」
「ええ、ええ、だから土下座までしましたよ、この私が!」
「土下座したんですか……」
「そこまでしても、氏は悪魔よりも極悪非道ですから、通常であれば聞き入れなかったでしょう。ですが、あんなやり方であなたを自分のもとにもどらせたことに、氏といえどもミジンコ程度には罪悪感を覚えたのでしょう、私がさくまさんのためにしたいことがあると言うと、時間制限付きですが結界の力を解いていただきました」
「私のためにしたいことって、なんですか?」
「ちょっとした実験を」
そんなやりとりをしているあいだに、ふたりの距離は縮まっていた。
「実験?」
「今から言うのは本音だから、ありがたく聞けよ、クソアマ!」
急に言葉遣いを荒くしたベルゼブブは距離を一気に詰めた。
「えっ!?」
佐隈はメガネの向こうの眼を丸くした。
その身体をベルゼブブはとらえ、自分のほうへ抱き寄せる。
そして、ベルゼブブは佐隈に告げる。
「さくまさん、私はあなたが好きです」
「……!!!???」
突然の、予想もしなかった展開に、佐隈は驚き、戸惑う。
それから。
「なに言ってんですかーーーー!!!!」
顔を赤くして怒鳴り、暴れ、ベルゼブブを突き放す。
ベルゼブブはあっさり佐隈から離れ、その場に立っている。
だが、突き放した佐隈のほうが勢いあまってうしろへと倒れ、床に尻もちをついた。
イタタ、と佐隈は声をあげ、痛みの走った尻のほうを見たが、ハッとして顔をあげる。
ベルゼブブが見ている。
佐隈は口を開く。
「冗談はやめてください」
「冗談?」
ベルゼブブは鼻で笑った。
胸のまえで腕を組み、佐隈を見おろして、言う。
「この高貴なるベルゼブブが灰かぶりのようなあなたに冗談で愛の告白をするとでも思っているんですか?」
「そんなにえらそうに愛の告白をされましても……」
「えらそうではありません、私はえらいのです」
「ハァ……」
佐隈は困っているような、あきれているような表情になる。
そんな佐隈にベルゼブブはさらに言う。
「というわけで、私は本当にあなたのことが好きなんですが、告白までしても、この身はなにも起こっていません」
「あ」
佐隈は自分にかけられた呪いのことを思い出した。
呪いは佐隈に興味を持った者を排除しようとする。
奈錦織は佐隈に対してはっきりとアピールするまえから何度も痛いめにあわされていた。
それなのに、ベルゼブブは本人いわく本当に佐隈のことが好きで、それを告白した今も、呪いによる被害を受けていない。
「私が悪魔だからでしょう」
奈錦織とベルゼブブとの決定的な違いは、人間と悪魔であるということ。
「腹立たしいことですが、私にはあなたにかけられた呪いを解くことはできません。ですが、私はあなたにかけられた呪いをはねのけることができるようです」
それを証明するための、実験。
「だから、さくまさん」
ベルゼブブが床に腰をおろした。
目線の高さが同じとまではいかなくても近くなる。
「私のことを好きになりなさい」
「……っ!」
「私なら大丈夫です。そして、いつか、あなたに呪いをかけた相手を見つけ出し、あなたにかけられた呪いを解きましょう」
佐隈は無言でただじっとベルゼブブを見る。
ベルゼブブは端正な顔に優雅な笑みを浮かべた。
それから、その手を佐隈のほうへとやった。
その指先が触れる。
佐隈の唇に。
「キスをしても宜しいでしょうか?」
そう問いかけた。
直後。
ベルゼブブの姿が変化した。
ペンギンっぽい姿に。
本人もそれに気づいた。
「クッソ! 時間制限、短すぎだろーがよォォォ! あの悪魔!」
ベルゼブブはここにはいない芥辺のことを口汚く罵る。
その一方で、最初は戸惑っていた佐隈が、ふっと表情をゆるめた。
「灰かぶりなのはベルゼブブさんのほうなんじゃないですか? 時間が来ると、もとどおり」
佐隈は笑った。
ベルゼブブは佐隈のほうを向いた。
「さくまさん、あなた、もっと勉強して、悪魔使いとしての力をつけて、私にかかった結界の力を解けるようになりなさい」
「他力本願なんですね」
「あなたは私にあの悪魔のようなアクタベ氏と戦って勝てというのですか?」
「そこまでは言ってません」
佐隈は立ちあがる。
つられるようにベルゼブブは背中の羽根を動かして、佐隈の胸の高さまで飛ぶ。
ふいに、佐隈の腕があげられ、伸ばされた。
ペンギンのようなベルゼブブの身体をつかまえて、腕に抱く。
そして。
「ありがとうございます」
小さな声で、告げた。
「……さくまさん、あなた、さっきまでの姿が私の本当の姿だとちゃんとわかってますか?」
そうベルゼブブは問いかけた。
けれども佐隈はなにも答えず、ぎゅうっとベルゼブブを抱きしめた。



残念だ、とベルゼブブは思う。
本来の姿であれば、抱きしめ返すことができるのに。







いつか呪いを解いてやる。
ふたりで!











作品名:王子様と灰かぶり 作家名:hujio