Boy younger
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以前から体調がおかしいとは感じていた。
丈夫さが取り柄なはずなのに突然だるくなり、しまいには熱を出して寝込んでしまう日も度々あった。
このままではレギュラーメンバー降格は目に見えている。
エイリア学園マスターランク、チームプロミネンスのフォワード、ネッパーは焦っていた。
その日のプロミネンスは同じマスターランクチームと敵対として位置するダイヤモンドダストとの合同練習をしていた。
何故敵対する者同士が合同練習をしているかというと、全ては各チームのキャプテンの命令だからだ。
プロミネンスのキャプテンバーンと、ダイヤモンドダストのキャプテンガゼルは共にザ・ジェネシスの称号を奪おうと躍起になっていた。
その為に現ジェネシスのキャプテン、グランに強い敵対心を持っている。個々のチームではジェネシスには勝てないと判断し、共に協力をして倒そうとなったのだ。
そこまでは上の判断なので文句は無いし、元々は皆同じ養護施設の出だ。表面上で敵対してはいるが実はそんなに仲が悪いわけではない。
合同練習が終了し、皆がそれぞれの帰路に着くべくグラウンドを後にした。ダイヤモンドダストのゴールキーパー、ベルガも皆に続きグラウンドを出ようとした時、視界の先に地面にうつぶせの状態で倒れている人影を見つけてギョッとした。
慌ててその人影に走り寄ると、見覚えのある紅白模様のバンダナをしたネッパーであった。うつぶせ状態なので意識があるかどうかは分からないが、肩が上下しているのを見る限り呼吸はしっかりしているようだ。
「どうしたネッパー、大丈夫か」
声をかけながら肩を軽くゆすると、ネッパーは寝返りだけをして話しかけたベルガを確認した。
「う……。大丈夫じゃねぇ。マジ気持ち悪い」
ネッパーの顔色は誰から見ても悪く青ざめていて、呼吸も心なしか荒い。風邪だろうか。ともかくここに放置したままではいけない。ベルガはネッパーを抱えて持ち上げると、養護室まで連れて行くことにした。
養護室のベッドに寝かせてやり、手身近にあった洗面器に水を入れ、清潔なタオルを浸して固く絞った。
「とりあえず汗を拭こう。脱げるか?」
「……やだ」
「汗を放置したままだと余計悪化する。とりあえず拭いて着替えないと」
言いながらベッドに横たわっているネッパーの肩に触れようとすると、途端に手を跳ねのけられた。反抗的なその行動に少しムッとしたもの、変わらず具合が悪そうなネッパーの顔を見ると何も言えなくなってしまう。
「……脱ぐ。けど、何を見ても驚かないでくれよ?」
「どういうことだ?」
ネッパーの言っていることが理解できず、ベルガは小首を傾げた。するとネッパーは上体を起こしユニフォームと、中に着ていたTシャツを同時に引っ張り脱いだ。
そこには目視では僅かだが、確認できる女性の乳房があった。それはしっかりとネッパーの肢体にくっついていて、先端には赤みを帯びた柔らかな飾りがついている。
思わずベルガは言葉を失った。目の前にいるのは確かにネッパーだ。そしてそのネッパーは確か男ではなかったか。
声は同い年の男子に比べて高いとも思うし、体型だってまだまだ成長過程だ、男女としての区別がはっきりしていない。普通にしていると外見だけでは男女どちらか分からなくなるのは納得できる。
はっきりと性別を聞いたことはない。それは聞くまでもなくネッパーが男だと思い込んでいたからだ。そもそも改まって考えることでもない。
だが、今はその考えが根本から覆されてしまった。ベルガの頭の中はひどく混乱し、やがて思考回路が完全にストップした。
「……おーい、ベルガ?」
ネッパーの上半身裸を見た後固まったまま動かないベルガを不審に思い、ネッパーはよろよろとベッドの端に手をついた。空いている手でベルガの肩を掴み軽く揺さぶる。
揺さぶられて、やっと頭が考えることを再開した。ベルガはとりあえず手に持ったままのタオルでネッパーの体を拭くことを優先することにした。色々聞きたいことはあるが、それは今すぐ聞かなくてもよい事だと判断した。
「悪い、ぼーっとしていた。聞きたいことはたくさんあるが、今は汗を拭こう」
言うとさらにベッドへ近付き、腕からタオルで体を拭き始めた。
「……多分、だと思うんだけど」
余計な所を見ず、話さず、黙々と体を拭いてくれているベルガのバンダナの傷部分を見つめながら、ネッパーがぽつりと呟いた。
「エイリア石のせいだと思うんだ。俺、女になっちまったの」
その言葉を聞いたベルガは一瞬手を止めたが、すぐに拭くのを再開した。
「ちょっと前……二週間くらい前からかな、ちょくちょく熱出してたんだ。それだけならまだいいんだけど、気づいたら体が女になってた」
「にわかには信じられないが……」
「信じなくてもいいぜ。ただ、俺が女になっちまったことは皆には内緒にしてくれよ」
「何故?誰かに相談した方が」
「はずいからだよ!」
言うとベルガの頭を軽く小突く。思わずいてっと声が出てしまった。
「そんな理由で……。もしかしたら元に戻らないかもしれないんだぞ?悠長にしてられないと思うんだが……」
「そんときはそんときだ。性別を戸籍上変えてお前に娶ってもらう」
冗談めいたやりとりにベルガは苦笑してしまった。やがて全て拭き終わると替えのTシャツをネッパーに渡してやる。
Tシャツを着たネッパーの胸は裸の時よりもさらに自己主張はなりを潜めていた。かろうじて胸の先端が確認できるだけで、よほど近くで見ない限り胸があるとは分からないだろう。
それに自身の肉体が異性に変化したというのに、ネッパーは慌てた様子が見受けられない。具合が悪いのを差し引いてももう少し危機感を持つべきではないだろうか。
もし現状に危機感を持っているのであれば、すでに誰かしらに相談をしているだろうし、グラウンドに姿を現すことすらできなかったかもしれない。
ベルガから見ればいくつか腑に落ちない点があったが、今はあえて聞かないことにした。
作品名:Boy younger 作家名:杉本 侑紀