FATE×Dies Irae3話―7
凛に遅れて屋上に駆けつけた士郎は、間桐慎二の変わりはてた姿を見下ろし、絶句した。
おびただしい血だまりの海に、ぐったりと仰向けに横たわる慎二の顔は、醜く歪んだままぴくりとも動かない。
死んでいる。間違いなく、死んでいる。
「ったく、白けさせやがるぜクソッタレ……! シャバだ戦場だと喜び勇んで馳せ参じてみりゃ、こんなしみったれたクソガキなんぞをまっさきにぶっ殺すはめになるたあな。こちとら英霊どもと殺りあえるっつーから、わざわざ城から出て来たんだぜ? それがこの始末ときた。なあ、おい? どう落とし前つけてくれる気だ――メリクリウス!」
かつて間桐慎二だったものを邪魔だとばかりに足蹴にしながら、男は天を仰いで、誰にともなく吼えたてる。
漆黒の軍服に身をつつんだアルビノの青年。
端正な美貌とは裏腹に、その長躯には野獣のような猛々しい意気を漲らせている。
青年から放たれる凄絶な鬼気は尋常な魔術師の域をはるかに凌駕していた。
その圧倒的な威圧感が、親友の死を目前にしていながら、士郎に取り乱すことを許さない。
「下がってください、士郎!」
叫び声はセイバーのものだ。
校庭にいた彼女もまた、遠く離れたその位置から、軍服の男の放つ禍々しい気配を察知したのだろう。
校舎の壁を蹴りあがり、そのままの勢いで男へと飛びかかる。
「はぁああああああああ!」
甲高い金属音が鼓膜をつんざき、激震が校舎を揺らす。
衝撃に罅割れた床にくるぶしまで埋めながら、青年は大上段からほとばしったセイバーの剣撃をまっこうから受けとめていた。
セイバーの剣を受けとめたものの正体は、青年の腕から生えた真紅の杭だった。
ギリギリと互いに一歩も退かずに鍔迫り合いながら、男は犬歯を剥いて獰猛に笑う。
「ほう……気合いの入ったいい一撃だ。いいぜ、てめえ。おかげで憂さも吹っ飛んだ。だがな――」
「!?」
瞬間、青年の全身から無数の杭が突き出した。
とっさに飛び退くセイバーの鎧を、杭の先端がかすめる。
「名乗れよ女――戦の作法も知らねえのか」
男は煮え滾った視線でセイバーを睨み、
「――その言葉、そのまま返させてもらうわよ白髪野郎」
「あん?」
応じたのは凛だった。
凛は両手にありったけの宝石を握りしめ、警戒もあらわに身構えている。
「聖杯戦争においては名を秘することこそが正道。サーバントにその来歴を問い質すなんて、それこそ不作法というものよ」
「くはっ! そういやそうだったな! 確かに、今のは俺が野暮だったぜ! だがな、そいつはそっちの事情だろうが。――ああ、勘違いすんなよ。だからと言って、俺もこれ以上誰何を重ねる気はねえよ。俺が言いたいのは、こっちが勝手に名乗りをあげる分には問題ねえよなってことだ。まあ、あったとしてもこいつばかりは譲れねえがな。悪いがこいつは性分でよ……これをやんねえとどうにも据わりがワリいんだ」
「前置きはいいわ。名乗りたいならさっさとしなさい。男のお喋りはみっともないわよ」
「はっ! つれねえ嬢ちゃんだな! まあいいさ」
男は挑発的な凛の物言いに気を悪くした様子もなく笑い、
「聖槍十三騎士団黒円卓第四位ヴィルヘルム・エーレンブルグ=カズィクル・ベイ。それじゃあ改めておっぱじめようか、英雄さんよお!」
◆◆◆
「――――」
ヴィルヘルムの殺意が弾けるのと、セイバーが直感的に身を投げ出したのは同時だった。
次の瞬間、虚空から出現した無数の杭が、先刻までセイバーが佇んでいた空間を刺し穿つ。
その光景に、セイバーはおりから感じていた違和感の正体を確信する。
(この固有結界はやはり――!)
間違いない。
性質こそ似通っているが、今現在校内を覆っている深紅の結界は、ライダーのものではなくヴィルヘルムのものだ。
ライダーの結界ごとヴィルヘルムが塗り替えたのか、それともマスターが死んだことですでにライダーも消滅してしまったのか。
いずれにせよ今この空間は、ヴィルヘルムのテリトリーに他ならない。
(いけない……!)
焦燥に突き動かされるまま、思わず士郎に横目を向ける。
精気の搾奪とオールレンジ(全方位)攻撃。
セイバーの抗魔力と反射神経をもってすれば、依然勝機は十分にある。
だがこの状況でマスターを狙われては、とても守り通す自信はな――
「――よそ見かよ。余裕だな」
「――――っ!?」
腹部めがけて繰り出された軍靴の一撃を剣の腹で受けとめる。
だがヴィルヘルムの攻撃はそれで終わらなかった。
激突と同時に踵から突き出した幾本もの杭が、セイバーの両腕を浅く抉る。
「くっ……!」
蹴りの勢いに逆らわず、後方へと飛び退くセイバー。
「そっちのガキどもが気になるか?」
ヴィルヘルムは追撃を仕掛けるでもなく、悠然とセイバーに問いかける。
「そりゃそうか。サーバントってのはマスターからの魔力供給で現界を維持してるんだってな。案ずるなよ古今東西の英雄とガチでやりあえる機会なんざそうあるもんじゃねえからな。『マスター潰して、はい決着』なんざ、んなつまらねえ幕引きは、こっちとしても願い下げだ!」
吹き荒れる掌打の嵐。
杭をまとった両腕が、猛然とセイバーに襲いかかる。
「そらそらどうした! 防戦一方じゃねえか!? いつまで腑抜けてるつもりだ英霊さんよ!? それとも何か? ガキどもが狙われねえと気合いが入ら――」
「――図に乗るなよ、吸血鬼」
「うおっ!?」
豪剣一閃。
奔り抜けた不可視の斬撃が、防ぎに入った杭のことごとくを木っ端微塵に打ち砕く。
剣先はヴィルヘルムの身体こそ捉えなかったが、その長躯を大きく後方へと吹き飛ばした。
「まずは礼を言います、ヴィルヘルム・エーレンブルグ。のこのこと自ら出向いてきてくれるとは……おかげで探す手間が省けました。聖槍十三騎士団黒円卓――お前たちはこの聖杯戦争を冒すガンだ。断じて看過することはできない。今ここで、我が剣の露と消えるがいい」
セイバーは決然と言い放ち、腹を括った。
マスターは狙わない。眼前の戦鬼が、その言を違えるような手合いでないことだけは短いやりとりの中でも確信がもてた。
かくなるうえは、ヴィルヘルム・エーレンブルグの打倒にのみ全神経を集中する。
「上等だセイバー! やれるもんならやってみな!!」
斬風が渦巻き、剛腕が唸る。
血色に染まる空の下、白銀と漆黒の騎士たちは、今こそその全霊を解き放った。
作品名:FATE×Dies Irae3話―7 作家名:真砂