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Thank God It's Friday.

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「責めないのかい」
街角のオープンカフェで、注文したコーヒーが運ばれてくるのを待って、アルフレッドは口を開いた。
水曜の午前、まだ正午には少し時間のあるオフィス街は、それなりに人通りがあり、喧騒とまではいかないまでも、ざわざわとした活気に満ちている。
小さなテーブルに向かい合って座っているアーサーは、口をつけていた紅茶のカップを静かにテーブルに戻すと、ちらりとアルフレッドを見て答えた。
「責めたって意味がないと思うからな」
アーサーの表情に、呼び出しを受けてここに来るまでアルフレッドが想像していたような激しさはない。
どういうことだい、とアルフレッドは目だけで問い返す。
「昔、菊に言われたことがある。仏の顔も三度までって」
菊、という名前に思わず彼を凝視してしまって、アルフレッドは苦い気持ちで目をそらした。アーサーの昔のこいびとの名前だ。アルフレッドの友達でもある。あの優しげな年上の東洋人とアーサーは、今でも穏やかな友人関係を築いている。
別れたとはいえ、今ここで、思わせぶりに菊の名を出したのは、浮気をした自分への意趣返しだろうか、と穿ったことを思いながら、アルフレッドはそれを口に出すことも出来ずに言葉を待った。
椅子に深く背を預け、組んだ足の上に手を乗せてアーサーは続ける。
「お前が俺の気を引きたくて浮気したってんなら、声を荒げて非難することにも意味がある」
構ってほしかった、ってことなんだからな。構い倒してやるよ、とアーサーは不敵に笑って付け加えた。
「でもお前がそんなこと、するわけがない。だろう?」
アルフレッドは少し迷って、「ああ」と答える。満足げな笑みを口元に刷いてアーサーは一度ゆっくりと瞬きをした。
「悪いことをしたとも、思ってない。お前は昔から、自分が本当に悪いことをしたと思えばちゃんと謝る子供だった」
「子ども扱いはよしてくれよ」
もう何十回、何百回とやりとりをして癖になってしまった言葉が思わず口をついた。
話の腰を折られた格好になるアーサーが、ずっとテーブルの上に落としていた目線を僅かに上げてアルフレッドを非難する。
若草色の目に見据えられて、「悪かったよ」と小さく謝罪するのに、アーサーが小さく笑って、アルフレッドはチッと小さく舌を打った。
アーサーの言うとおりだ。本当に悪かったと思えば、アルフレッドは自分から謝る。
今回はそれができないから、困っているのだ。
間違いを犯したとは全く思っていない。
あの時、彼女には助けが必要で、助けてやれるのはアルフレッドしかいなかった。
彼に対して罪悪感を抱かなかったといえば嘘になる。けれど、放っておけば泥沼にはまっていくだろう彼女を見過ごすことはどうしてもできなかった。
一時の気の迷いや魔が差したというのでもない。
同じ状況が訪れれば、アルフレッドはまた迷いなく彼女に手を差しのべるだろう。
ただ、アーサーを傷つけることだけは最初からわかっていた。実際アーサーはアルフレッドの浮気に傷ついていて、そのことに対して申し訳ないとも思っている。
できれば彼に謝りたい。許して欲しい。
でも、そうすると彼女を助けた行為そのものまで「間違いだった」と認めるような気がして、結局アルフレッドはだんまりになってしまうのだった。
「悪いことをしたとも思っていない。俺の気を引きたいのでもない。でも、俺と別れたいわけでもない」
「そんなの、どうして断言できるんだい」
あまりに自信たっぷりに言うので、思わずアルフレッドが反駁すると、アーサーは少しだけきょとんとした顔を見せて、その後困ったように笑ってみせた。
「じゃあ聞くが、お前はどうして今俺の前にいるんだ」
う、と言葉に詰まったのはアルフレッドのほうだ。
アーサーと別れて、彼女と付き合いたいと思っているのなら、アルフレッドは呼び出されるまでもなく自分から話を切り出しただろう。そうした思い切りや潔さをアルフレッドは意図的に自分に課していて、それを誰より理解しているのがアーサーだった。
アーサーは「そらみろ」といわんばかりに小さく鼻で笑い、それまで膝の上で組んでいた手を解きカップを手に取る。
「俺はお前と別れたいと思わない。お前もそう思っているのなら、三度までは目をつぶろう」
そういって、アーサーはカップの中身をくっと飲み干すと、席を立った。
「話は終わりだ。次はないと嬉しいんだがな」
最後まで感情を滲ませる事なく淡々と語り、立ち去ろうとするアーサーの背に、アルフレッドは声を掛けた。
「俺がもし、彼女に本気だって言ったらどうする」
肩越しに振り返ったアーサーは若草色の綺麗な目でアルフレッドを一瞥してしばらく沈黙したあと、止めていた歩を再開してこう答えた。
「別れ話は金曜にしてくれ。仕事に差し支えずに済む」
かつかつと小気味よい靴音を響かせながら、アーサーは人波に消えて行った。
その背を見えなくなるまで見送ってから、テーブルの上で冷え切ってしまったコーヒーに目を落とし、アルフレッドはぽつりと呟く。
不実を働いたのは自分だというのに、怒って責めることもしてくれないなんて。
「ひどいおとこ」
作品名:Thank God It's Friday. 作家名:JING