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今でも届くだろうか

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今まで行ったところの話を聞かせろ、そう強請る親友の言葉にテッドは苦笑を漏らして、ぽつりぽつりと口を開いた。それは、多少の脚色を加えてはあるものの、テッド本人の足跡と言っても良い話だ。
北にある都市同盟のこと、西方大陸のうわさ。もっと身近なところでトラン南部、山岳地帯の気候の話。大変な越冬のことや、少し前の歴史について講釈してやれば、それに聞き入る少年は紙の上にペンを走らせた。
「この辺りは…こう?」
「んー、まあ、そんなもんかな。もうちょい西にキャラバンの迂回ルートがあるって聞いたから、険しいのはこの辺りまでだろ」
「そうか」
そう、頷きながら聞き手の少年は線の途切れたそのさらに先、西側にあたる部分に”キャラバンルート?”と加える。
やや大きめの紙に、彼は地図を描いていた。テッドの語るその話を元に、思い描く世界地図を。逆卓上旅行とでも言うべきか、紙の上には少年の夢見る広い世界が描き上げられていく。それはけして正確ではなかったが、中々の出来栄えだった。眺めるテッドも、同じように過去を思い返していく。けしていい思い出ばかりではないが、こうして穏やかな談笑の中に蘇る記憶はどれも優しいもののように思えた。
そうして、大陸の南端まで辿り着いたとき、ふと言葉を切って目を細める。彼らの目の前には広大な海が広がっている。テッドはその先を知っているが、傍らの少年は知らない。だから、少年は話の続きを急かすつもりでテッドを見、彼が眉を下げて笑っているのに気がついた。その表情に、珍しい、そう思う。
「何笑ってるんだ」
「あ、いや……その辺は馴染みの場所でさ。まあ海ばっかなんだけど」
「……テッドが育ったところとか?」
「ちょっと違うが、まあそんなもんかな」
テッドの齢を少年は知らない。ただ、外見から15、6だろうかという検討はつけていた。この歳で十分すぎるほどに各地を流転している彼が馴染みと言うなら、随分前のことなのだろう。
そう指摘をすると、テッドはやはり頷いて肯定した。
「もうだいぶ昔でな、けっこう忘れてんだけど」
そう前置きして、点々と海に浮かぶ島々のことを彼は語り始めた。時折紙の上を指で示しながら、ペンを握る少年を指を導きながら。穏やかに滔々と語られる物語は、土の上しか知らない少年にとっては想像も難しいような海上の日々だった。陽気な人々、日常的なお祭騒ぎに厳しい海の掟。想像が付いてゆかず、目を白黒させる親友を笑いながら、そこで出会った人の話になったとき、テッドはまた口を噤んだ。
「世話になった奴も、多かったな」
「ふうん……、何なら便りを出せば良いのに」
それは、少年の素直な感想だった。幾らほどの時間がかかるのかは判らないが、商隊に頼めば届けてくれると聞く。
少年が口にした言葉に、テッドははじかれたように顔を上げた。
手紙か、そう呟く。
彼は少年が描いた地図の上、少し大きめの島に目を落とした。そして、目を細めると小さく唇の端を上げた。少し寂しげな、笑顔だった。
少年は、そこで唐突に思い当たった。本当に珍しい顔だ。眉を下げて、困ったように笑うテッドは何かが落ちたようにまっさらな顔で、ただ目を細めて笑っていた。
普段、少年に見せる闊達なそれとは違う、どこか遠い成熟した無意識の顔。
たぶん、彼が──テッドが、今夢想しているものは、彼にとってとても大切なものに違いなかった。少年はテッドの視線を辿るように同じく紙に目を落とす。そこには、広い海の上にぽつねんと浮かぶ島がある。海と空の青に緑が濃い。気候は暖かくおだやか、年中何かしらの花がぽつぽつと見られるという。少年の目の裏には鮮やかな色彩。
行ってみたいな、と呟くと、テッドはようやく少年に視線を流した。
そうだなぁ、間延びした声が続く。
「何ていう島?」
「……オベル」
告げられた名前を、少年は口の中で反芻した。短くて、耳にも付き易い。地図にも念のため書き込んだが、必要はなかったかもしれない。テッドが、あんな目で眺めた島だ。あんな笑みで話した島だ。
少年はいつかそこへと足を向けるのだろう。そして、きっと忘れることもないだろう、ただ漠然とそう思った。
作品名:今でも届くだろうか 作家名:ゆきおみ