【夢魂】攘夷篇
第1話「心から笑うとスッキリする」
空を華やかに飾っていた桜も今は道を覆う絨毯に変わっていた。
それは次の季節へ変わることを意味していた。
小高い丘の上に、銀髪の少女が季節の移り変わりを眺めるように座っていた。
しかし少女が見据えるその向こうには、古い民家が集合する空間から浮いた、異質ともいえる鉄の塔が建設されていた。
未完成のようで、まだ半分しかできていない。けれど完成すれば、この国を象徴する巨大な鉄の塔になるだろう。
そしてその塔を中心に、同じく造りかけの鉄の建物がたくさん並んでいる。
だがそう遠くない未来、この光景も異常と思えなくなるだろう。
異質なものすら普通と感じてしまう。この国はそんな世界へ変わろうとしていた。
「何してんだ」
振り向くと、少女と同じ銀髪の少年がこちらに向かって歩いていた。
疲れたような目をしている少年は、溜息をつきながら彼女の隣に腰を下ろす。
「高杉と一緒じゃねぇのか」
「鬼兵隊の方へ出向いている。これから戦いの過激さも増していくそうだからな」
あぁそう、と銀髪の少年――銀時は寝転がって青空を見上げた。
「兄者も戦場に行くんだろ」
銀髪の少女――双葉は呆れたように、銀時を横目で見下ろして言った。
突然現れた『天人』と呼ばれる者たち。彼らは幕府の政権を全て握り、この国を我が物にしようとしている。
それを許さない侍たちは天人と戦いを繰り広げ、銀時と寺子屋で共に育った仲間も戦場を駆け抜けていた。
「あぁ、帰ったらすぐ食べれるよう甘いモン作っといてくれ」
真面目に話す妹とは逆に、気の抜けるようなことしか喋らない兄。
同じ銀髪で容姿こそは似ていたが、性格は全くの正反対と言っていいものだった。
気楽なまま眠ろうとする銀時と比例するように、双葉の表情はより一層真面目な顔つきになり、密かに心に留めていたあることを述べる。
「兄者。私も戦う」
二人の間をスゥっと風が吹き抜け、僅かに咲いていた桜の花びらが空へ舞った。
「馬鹿言ってんじゃねぇよ。女のテメェが戦場に出れるわけねぇだろ」
「戦うために身体は鍛えている。稽古だって怠っていない。それに覚悟はある」
双葉は寝転がっている兄に躊躇なく告げる。
それに対して、銀時は双葉の言葉を受け流すような態度で返事をした。
「オメーな、いくら剣筋がよくたってすぐバテる奴が戦場にいられるわけねェだろ」
「確かに私は兄者たちと比べれば体力は劣る。だが鍛えていると言ったろ。いつまでも昔のままの私ではない」
「そういう事言ってんじゃねェ」
そう銀時は呟いたが、双葉は止めることなく言葉を続けた。
そんな妹に苛立つような感覚が芽生え、銀時は起き上がって隠していた本音を吐く。
「妹を戦わせるわけにいかねぇんだよ!」
怒声にも近い訴えが静かな丘をざわつかせる。
二人の間に険悪な雰囲気が漂う。だがそれでも双葉は怯む素振りを全く見せない。
「もう待ってるだけなんて嫌だ。戦いもせず、のうのうと暮らしている自分が卑怯者に思えて仕方ない」
「何言ってやがる。オメーはいつも戦ってんだろ」
文句をこぼすように言われたその一言に思い当たる節がなく、双葉は首を傾げた。
見当がついてない様子の彼女に、兄は妹の役目を告げる。
「俺たちが帰るまでお前がメシ作って寺子屋護ってっから、俺たちは胸張って戦えんだ。
テメェだけ何もしてねぇって勘違いしてんじゃねぇ」
「違うんだ兄者。私にとっても、みんなにとっても、寺子屋は大切な場所だ。だけど――」
そう言って改まるように目蓋を閉じる。
そして双葉の瞳は真っ直ぐに銀時の眼を捉えた。
「私はみんなの笑顔を護りたい。昔みんなで笑ってご飯を食べたようにまたあの場所で…。でも待っているのは笑顔が 消えるのを見過ごすのと同じことだ。もうこれ以上笑顔を消させやしない。だから私は戦うと決めたんだ」
揺るがないその瞳は彼女の決意の固さを表していた。
臆さない姿に相応しい凛としたその表情を見て、銀時は頭を掻いた。
「だからってよ、双葉――」
銀時は気だるそうな溜息をして
「《テメー(自分)》が笑うの忘れんな」
くいっと口元を持ち上げて無理矢理作った双葉の『笑顔』は、言うまでもなくおかしな顔で、銀時は一人ゲラゲラと笑い始める。
その途端、双葉には怒りがこみ上げた。けれど同時に不意を突かれた恥ずかしさも生まれてしまい、そんな彼女からも自然と笑顔がこぼれた。
二人の笑い声が小高い丘を包んでいった。
――兄者はいつも暖かい光で私を照らしてくれる。それは空に浮かぶ太陽のように。
――この灯(ともしび)を絶対に消させやしない。
――だから私は戦う。
――みんなの笑顔を護るためにも、決して負けるわけにはいかない。
そう少女は心に誓っていた。
『血の味』を知るまでは。
=つづく=