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【夢魂】攘夷篇

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* * *

「!!」
 入った途端に嗅覚を襲う、強烈に血生臭い匂い。
 高杉は思わず腕で鼻を覆う。悪臭がどこからきているのか探そうとするも、小屋は暗闇に包まれ何も見えなかった。
 だが、気配を感じる。人間か天人か不明だが、誰かいる事は確かだ。
「誰だ」
 敵かもしれないと警戒しながら、高杉は相手の反応を確かめる。
「……た…か…すぎ……」
 返ってきたのは、とても……とても弱々しい少女の声だった。
 それが幼少の頃から同じ私塾に通い、今は共に戦場に立つ仲間の声だと分かって、高杉は安堵した。
「双葉、そこにいんのか?」
 少女からの返事はない。
 何かおかしい。
 いつも彼女が持つ強気は、どこからも感じられない。
 いやそれどころか生気すらも……。
 妙に思っていると、暗闇に慣れた高杉の瞳に見えなかった少女の姿が浮かび上がる。
 少女は――双葉は頭の毛先から足に至るまで深紅に染まっていた。


「双葉!」
 全身血だらけの双葉に驚愕しながらも、高杉は彼女の元に駆け寄った。
「どこを殺られた!?」
「……ない……」
 口からこぼれる微かな声に、高杉は眉をひそめる。
「……わた……じゃ…ない…天人…みんな……血……」
 今にも消えそうな声で双葉が呟く。
 次第に何かを怖れるように、彼女は小さく震え出した。
「……岩田の…潰した……みんな……笑顔……わ……たし…が……」
 見開かれた瞳で虚空を見据えながら、支離滅裂に言葉を吐く双葉。
 普段冷静に満ちた姿からは想像できないほど、酷く怯えている。別人かとさえ思うほどだった。
 錯乱する彼女に愕然としながらも、高杉は落ち着きを取り戻すよう双葉の眼を真っすぐ捉え、声をかける。
「落ち着け。何があった?」
「……わたしが……わた…しが……」
 肩を掴んで大きく揺さぶっても、双葉はうわ言のように呟くばかりだった。


「あはは……ハハ……ハハハ」
 呆然としていた顔がほころび始める。
 いつしか動揺は何かに変わり、彼女の口元を引きつらせていく。
「私が岩田を殺した。天人もみんなも殺した」
 そこで双葉は初めて高杉に瞳を向けた。
 泣いてるのか笑ってるのかさえ区別できない表情で言いながら。
 高杉はそんな彼女をただ黙って見ているだけだった。
「殺すと無性に嬉しくなって。殺したい衝動に押されて」
 異常な恍惚感に満たされた双葉は、殺戮を楽しむバケモノと化した。
 そして目覚めた狂気に動かされるままに虐殺を楽しんだ。
「私が消したんだ。護ると決めた『笑顔』を……私が壊した」
 あれだけ散々言っておきながら。
 兄にも岩田にも高杉にも『護る』と豪語しておきながら。
 この手で大好きだった『笑顔』を消した。
 そしてあの場で笑ってたのは自分だけ。
 なんて馬鹿げた話だろうか。
「……ハハハ……」
 諦めたような疲れたような、力のない声がこぼれる。
 いいや、もうそんな声しか出なかった。
 もう笑うしかなかった。
「……ハハ」
「………」
「アハハ……」
「………」
「……ハハハ…アハ……アハハハんん!」
 笑いがこぼれる口が急に閉ざされる。
 双葉の唇に重ねられた、高杉の口づけによって。
「やめろ!こんな時に……」
 やっと正気に戻った双葉は、彼の唇のぬくもりを強引に突き離した。
 だが高杉は真剣な眼差しで双葉を見つめ、そして血に濡れた唇で当然のように言った。
「言っただろ。同じだって」
「……同じじゃない。お前さえ殺してしまうかもしれない」
「殺したいほど愛されてんなら、俺は嬉しいぜ」
 フッと笑みを浮かべて、高杉は双葉を強く抱きしめた。
「やめろ……私を……許すな……」
 引き千切れるような声を上げ腕の中でもがく。
 けれど、高杉は離そうとしなかった。
「私は……みんなを……岩田を……」
「もういい。もうやめろ。そうやって《テメェ(自分)》を責めんのは」
「……駄目だ……許されない……」
「俺が許す」
「……許されたら……またみんなを……殺してしまう」
「俺が絶対止めてやる」
「……そんな……」
「俺を信じろ」
「…………」
 己に課した罪は一つ一つ愛する男に解かれ、また唇が重ねられる。
 そうして、深い愛が注がれていく。
 それは双葉が求めていたモノだった。
 だが、こんな形で欲しかったわけじゃない。
 縋るように抱かれたかったわけじゃない。

――駄目だ。このまま甘えてしまったら……。

 いけない、と心が訴える。
 咎める声が双葉の中を駆け巡り、一度は拒もうともした。
 だが追いこまれた人間ほど、優しさに惹かれてしまう。
 血まみれのバケモノを受け入れる彼の優しさに溺れてしまう。
 双葉は高杉に身を委ねるしかなかった。

 この後に――『銀桜』と呼ばれた少女が、戦場を舞い踊る。

=終= 


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作品名:【夢魂】攘夷篇 作家名:karen