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訳がわからねぇ。

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部下に急かされて城門付近へと向かえば、木馬や仁王車など自軍の資金を限界まで使って購入した重機達が傷だらけになっていた。その地面は赤い血が溢れていた、よく見れば重機の管理をしている部下が伸びているのが見えた。
(この惨劇を一人で、やったのか…?)
 致命傷は避けられているのが腕や手がかすかに動いているような気がしたので俺をここへと連れてきた部下に怪我人を医務室へ送るように指示すれば、確信犯を探す為に碇槍を担ぎながら辺りを彷徨く事にした。人殺しを快楽と捕らえる変態の仕業かと一瞬思ったものの死人がぱっと見ていないのを加味すれば別人だろうと予想がてんでないままだ。
 得物を周りに誰もいない事を確認して振り回せば、ひゅんと掠れるような音がするのは常とは言えなぜだか違う、でも同じ凪ぐ音がして肩を見れば羽織っただけの上着が肩口から切り落とされて地に紫の布として横たえていた。
「……んなに、舐めた真似をしてくれる」
 それを拾う気さえ起きずに呆然としていれば背を柔らかに撫ぜる風とは明らかに違う北風のように冷たい感触がして咄嗟に槍を身体の前に押しやれば金属特有の冷たい音がした。
 目許を兜で覆われている所為か表情が見えない男は両手に一寸もあるかどうかの刃を槍へと突きつけて刹那ともとれる間停止してから思い出したように逃げだそうとした男の腕をひっ捕まえた。片手で得物を持つのは酷く重量があるが故に難しく咄嗟の判断で砂塵吹き荒れる中に突き刺してからもう片方の手を捕縛する。
「……!」
 力はあるのだろう、西海の鬼と賞されている自分に劣らずとも勝らない力で圧されて刃の切っ先が首筋の辺りでかたかたと震えていた。少しでも気を抜けばざっくり首に突き刺さってしまうかもしれない。
「俺に用でもあんなら言えばいいじゃねぇか」
 問い掛けても、ひゅうと風が吹くだけで声をてんで聞き取る事は出来なかった。得物を地面に突き刺してしまったのを後悔しながらも溜息を吐きたくなるのを我慢しながら相手を眺めれば、緋のように赤い髪に目を奪われた。
(なんつー色を、してやがる)
 まるで紅蓮の炎を連想させるような色合いであった。不気味、故に美しい魔性のような代物である。
 そんな髪に見惚れていれば押さえる力が一瞬弱くなったのだろう、身体を捻るようにして殺そうと掛かってきたものだから地に食ませておいた槍を蹴りつけて相手の方へと倒れさせれば宙返りをして華麗に避けては俺の方へと倒れ込んで押し倒された。
 顔の横に対刀が突き刺され、顔を動かすどころか横さえも向けない状況にされる。相手は何も言わないままに口許を釣り上げて、笑っていた。
 開いた口から漏れるのは風のような音だけで不気味さを醸し出していた。この無言の暴力については噂程度には聞いていた事があったが、今の今まで認識をしきれていなかったのが現実か。
「俺になにがしてぇんだよ?」
 訪ねても笑っているだけで、てんで話が通じなかった。
 あの噂を俄に信じられなかったのは、この笑みについて聞いた事はなかったからだ。無表情、無愛想、無慈悲。無が三つ重なって人を完全否定する表現をされた筈なのだが、こんなに笑っているのを無表情やら無愛想などは表記しないだろうし別人なのだろうかと思った。
 ぱく、と相手の口が動いたけれど漏れたのは矢張り声なんかではなくて空気の音であった。この男はなにが言いたいのだろうと訝しげに眺めていれば、まるで話しているように見えるではないか。
 つまりは読唇術、難聴の方々が動く口の形で話している内容を理解するアレである。
 分かる訳がない、と諦めながらも相手を、相手の唇を凝視すればこちらの意図を理解したのかもう一度同じ行為をしてみせた。

(やっと あえた)

 一言、一言。噛みしめるかのように言われると頭の中でその言葉がぐるぐると反響した。
 なにを言ってるのだろう、と頭が理解に追い付かずに呆然としていれば顔がどんどんと近付いてきた。兜を付けているので顔は伺いしれないが、芸術に疎いと思う俺でさえまあ彫刻が如く美しいと思った肌と唇が目の前まで近付いていて性急に重ねられた。
 いきなりの事に頭がショートしたかのように動きが止まり、復旧した頃には己の舌が男の舌で嬲られている状況だった。
「…………、っ」
 目が見えなく何を考えているかなどてんでわからない人なのに微かに紅潮した肌は酷く綺麗で隠微に見えた。
 伸ばされた舌を威嚇するように噛めばあっさりと男は口付けをやめた。口許を拭ってから兜にと手をかけて、豪快な音を立てて兜を打ちひしげば小首を傾げて淫蕩な笑みを浮かべていた。その笑いは劣情を刺激してならないものであった、薄い布一枚の忍装束の上からは筋肉質な肌が垣間見れたがそんな事を忘れてしまって、可愛らしいとずたずたにしてやりたい、と正反対な考えが頭の中に浮かんでは消えた。
「なんなんだ、アンタはよぉ……!」
 訳がわからなくて気分が悪かった。秋の田みたいに黄金色をした瞳は硝子玉のように何も写していない気がした。
 一時こちらを眺めていた男だけれど兜を被りなおしてはどこかへ消え失せてしまった。「また今度」と書かれた紙切れと修繕費の為なのか大量の金子だけを残していったものの身元を明るみに出すような答えは落ちてやいなかった。
「ありゃ、人だったのか……?」
 狐に包まれたような気分になって、今までの出来事はまるで嘘のように思えたのだが置いていった金子と紙切れ、それに口の中に残る感触は夢でないと証明していた。

作品名:訳がわからねぇ。 作家名:榛☻荊