幸福の姿
「大丈夫ですか?」
「何がですか?」
「うなされてましたよ。ほら、すごい汗」
そう言いながら、僕の額に手を当てる。
「ああ……夢を見ていました」
「また、納豆の沼ですか?」
夢、と聞いた瞬間に、め以子の眉間に皺が寄る。僕は少し吹いてから、
「いえ、今度は毒の沼でした」
め以子が眉を潜めたまま、無意識にか赤ん坊を抱き締める。
「暗い、剥き出しの岩の転がる山の中を歩いていたんです。遠くから、『助けてくれ~、助けてくれ~』という声がするので行ってみると、真っ黒で嫌な臭いを放つ沼に、親父が沈んでいくところでした」
「お父さんが?」
「はい。僕はその光景を、ただ見ているだけでした」
何の感情もない、いや、ひょっとしたら笑っていたのかもしれない、と思い出しながら話を続ける。
「そうしたら、僕の周りにも毒の沼が広がって、僕自身もズブズブと沈んでいくんです。目の前が見えなくなってきた時に、貴女の声が聞こえました」
『お父さんの手を取って! 右! もっと右の方!! そこよ、そこに手を伸ばして!』
「親父の手を掴んだら、少し体が浮きました。目を凝らして貴女を探したら、貴女が遠くで赤ん坊を抱いて立っていました」
め以子が、赤ん坊の頬を撫でる。
「貴女と、赤ん坊の立っている場所からは明るい光が射していて、沼はその光が当たっている場所だけ、金色に輝いていました」
少し目を閉じて、夢の情景を思い出す。
「親父を引っ張りながら、必死にその場所まで行くと、貴女と赤ん坊は手を差し出して、『もう大丈夫』と笑っていました」
ほっとしたようなめ以子の腕の中で、赤ん坊は小さな声で泣き、目を覚ます。め以子は優しく見つめ、乳を含ませた。
「悠太郎さんが、お父さんを助けなかったら、私はどうしたかしら」
赤ん坊を見つめながら、め以子が問い掛ける。
「……その時は、毒の、金色に輝くところから啜って沼を飲み干し、やっぱり2人共助けてしまうんだと思います」
「飲み干……もう!!」
僕が苦笑混じりに言うと、め以子はぷんとむくれた。
「貴女と赤ん坊が、幸福を振り撒いて、西門の家を助けてくれたんです。ありがとうございます」
「え!? いえいえ、私は皆一緒が楽しいかなー、って思ってただけで」
照れたように謙遜するめ以子を、赤ん坊ごと抱き締める。
「これからは、僕が、貴女と赤ん坊を幸せにします」
「違いますよ?」
吃驚してめ以子を見ると、め以子はにんまりと笑って、
「するんです、幸せに。私と悠太郎さんで。この子の未来を、幸せにするんです」
赤ん坊をいとおしそうに撫でながら言うめ以子と、安心したように乳を吸う赤ん坊を見つめ、僕は微笑むと息を吐いた。
「……そうですね。幸せに、しましょう」