ガーデニング大作戦
いつしか彼よりもずいぶんと背が高くなってしまった私を見上げながら、彼はにこやかに鳴き声を上げた。何を言っているのかは私にはさっぱりわからないけれど、彼が来るたびに言うものだから、挨拶かなと予測はしていた。
だから私はそれに応えるように、風に合わせてゆるやかに揺れる。
挨拶を終えると彼は元来た道をまたひょこひょこと戻る。これもいつものことだった。彼はいつも一度挨拶をした後で、水を取りに行くのだ。
頭の上のきっちり閉じたつぼみを少しだけ開いて、その小さな隙間に水を溜め込む。そして私のところへやってきては水遊びをして楽しむのが、私が覚えている限り、毎日の日課になっていた。
しばらくすれば私の予想通りつぼみの上部をすこし綻ばせて、彼はゆっくりとした足取りで私の方に向かってきた。
いつもは跳ねるように、また弾むように歩く彼の慎重な歩き方を見るのは、水を運んでくるこのときだけである。
キュッと結ばれた口もこのときばかりは緊張しているように見える。
彼の表情を私からもはっきりと確認できる距離にまで来た。
だから気づいたのかもしれない。あともう少し、という距離にきて、彼の口元が少し緩んだのを。
そして、足元にあった小さな石につまずいて、彼がバランスを崩してしまったことを。
甲高い声を上げて彼はその場に水を散らしながらこけた。
飛沫が私の体にもかかる。ひんやりとした心地良さを感じるけれども、それ以上に私は目の前で倒れた彼が心配でならなかった。いくら助け起こしてあげたくとも、私にはどうすることもできないもどかしさ。申しわけなさ。
身じろぎひとつしない彼に、心配はさらに増す。
そんななか、急にあたりが眩く光った。見れば、彼の体が光を放っている。いや、彼は太陽の光を一身に吸収していた。
光合成。
生きるために日常的にする私のそれとはまったくの別物の技は、彼の体に負った些細な傷などすぐに治癒してしまった。
明るい鳴き声をあげて飛び起きる。
直後に彼は水をこぼしてしまったことを申し訳なく感じるのか、いつもは上がっている口角を少し下げる。
そしてまた水を取りにいくのか勢いよく走って行った。
気にしなくていいのに。私はそう思いながらも、その背中を黙って見送った。
私が成長しきるまで、少しでも長い時間を彼と過ごせればいいと勝手ながらに私は思っていた。
この数日後、私は実をつけ、地に帰る。そしてまたいつか彼に出会う事を夢見るのだ。