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吐く、

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 シーツから漂うあのひとの生活臭が、俺をひどく居た堪れなくさせた。
 ぐ、と指先に力を込めて、まるで鉛でも飲み込んでしまったかのように重い身体を持ち上げる。どくどくと腰が鈍く痛んだ。上半身を固定させて、右、左、首をぐるぐると回す。その度にぽきぽきと煩い首。脳味噌がもやもやと、霧のかかったように働きが悪い。どうした。どうしたのだと問いかけてみても、そこには確かな罪悪感が鎮座するのみだった。それは、だんまりを決め込む。頭をゆらりと揺らしてみても、余計、苛立ちが募ってきぶんが悪い。色素の薄い髪の毛が、ぱさぱさと踊るように揺れた。ああ、やだやだ。眩暈がする。どうしていいのか判らない。じぶんのあやふやで曖昧な自意識に反吐が出そうだ。途端、咽にえづくような感覚がして、慌てて考えることを止めた。悩みすぎると表面的にも影響の出る、己の自律神経の弱さ。それにまた堪らなくなって、はは。と、乾いたこえが漏れた。
 なに、何か可笑しいことでもあったの?急に鼓膜を引っ掻く、鋭利なこえ。顔を上げればそのひとが、湯気の立ち上る、まだ見るからに暖かそうな珈琲を入れたマグカップを2つ手にして、実に興味深そうな顔して立っていた。瞬時に醒める脳内。もやもやとしていた何かも、覆いかぶさっていた霧のような何かも、すべてぶっ飛んだ。あるのは、きいんと冷たい後悔。はい。やたらに細っこい腕が、マグを1つ差し出した。俺は、要りません。と、じぶんでも驚くくらいのちいさなこえで、呟くようにそう告げる。そーう?んじゃあここ、置いとくから良かったら飲んでねー。そのひとは実に軽快な、ある種の可笑しみさえも孕んだようなこえで飄々と話す。ぶりかえす、咽のえづき。ずくずくとなにかが、咽元までせり上がるような感覚。後悔、後悔、後悔、後悔、後悔後悔後悔後悔後悔、後悔?吐気が、した。
 どーしたの、そんなむつかしいカオしちゃって。また細い指が、俺の痛んだ髪の毛を掬っては流れてゆく。さらさら、ゆるり。不快に思わない、思えないじぶんが心底気持ち悪くて、咽に手をやった。なん、で、も、ない、です。なんでもないカオしてないよー、どした?心配そうな声色。だけれどその実、このひとは面白がっている。後悔と自責の念に雁字搦めになる俺を見て、可笑しいと鼻で笑っている。心の中では。気持ち悪い。気持ち悪い気持ち悪い気持ち悪い気持ち悪い。気持ちが、悪い。何がいちばん気持ち悪いかって、それを知りながら嫌悪出来ない、じぶんがいちばん気持ち悪い。やめて、ください。いよいよえづきに耐え切れなくなって、気を紛らわすように震わせた咽。そのこえは掠れてはいなかったけれど、極めて脆弱で、いかにも一生懸命搾り出したと言う風で、なきたくなる。
 え、なに、どしたの。やめて、触らないで、ください。ひっどいなー、なんでー?なんでも、です。昨日なんか触るどころじゃなかったじゃない、ね。そ、れは。大切に触れたよ、どこが嫌なの。ちがっ、も、やなんです、も、さわんなっ。触るな、ねえ。ゆうらりと目を細める。ぞくり。と、背筋が粟立った。怒らせた、ワケではない。このひとは、俺なんかの為には怒らない。それを俺自身、ようく理解していた。今まで髪を撫でていた手が、顎に掛かる。目を、射られる。逸らせない。じくじくと抉られるような感覚に、耐えられない。そ、と瞼を伏せるのだけれど、視線、が。瞼が焼け付くようだ。ねえ、愛して、いるよ。深く深く丁寧に、嘯かれた。
 愛している。愛している愛している愛している愛している愛している愛している愛して、いる?す、と染み込んだこえが、脳内をぐるぐると駆け巡って忙しない。今、なんて。今なんて言った?言葉が、息を詰まらせる。苦しい。も、やめろ、よぉっ。やめない。あ。ねえ、君を、愛しているよ。やだ、やだ、やめ、ろ。愛している。やめ。愛して、いる。やめろ、やめろ、やだ。脳味噌がずくんずくんと痛かった。溶け出しているのか、若しくは。どうしようもなかった。もうこのまま、その言葉に溺れてしまいたかった。弱い。ひどく、弱い、俺は。
 嫌いだ嫌いだ嫌いだきらいだ大嫌いだ!半ば金切り声で叫んでみても、そのひとに効果はなかった。実に愉しげに、見下すような目線で持って俺を眺めている。このひとは、俺を愛してなんかいない。それが判っているのに、逃げられるのに、逃げられない。痛い痛い痛い痛い痛い。愛されたかった?から。どうしようもない、ほんと。愛していると、嘘でも口にしてくれるこのひとを、俺は、嫌いになれなかった。それどころか愛してしまっている。可笑しくて仕方がない。ばかみたい。ばかのかたまりみたい。弱くて弱くて弱くて、何かに縋りたくて、縋るものを間違えたのか。せめて同じように、嫌って欲しかった。
 きらい、だ。俯いて、弱々しげに呟かれたそのこえは、最早なんの効力も持たない。うそばかりだね。あなたの方が、うそつきだ。そんなことないよ、俺は、本当に君を愛しているさ。俺だって、本当に、あなたが嫌いです。はは。と、軽く、本当に軽く笑って、そのひとは俺の髪の毛を乱雑に掴んだ。
 愛してる、よ。

(うそつき同士はいつまでも、平行上で交わらない。)
作品名:吐く、 作家名:うるち米