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改・スタイルズ荘の怪事件

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ポアロは優しく首を振った。
「違うよ。セント・メアリごとだ。」
「今から住人を非難させるのに半日はかかると愚考しますが。」
「市民番号【レゾンデートル】持ちは、スタイルズ荘の住人だけだ。安心したまえ、ロンドンの行政府とは話がついている。ミネルヴァにアクセスして、周辺地域ごと無かったことにしてしまえばいい。」
わたしは反論を試みようとしたが、ポアロの目を見た瞬間、それを飲み込んでしまった。これは命令だ。軍人であるわたしが何かを言う場面ではない。わたしは体内の端末から、軌道上にある人工衛星【ミネルヴァ】にアクセスを開始した。全ての軍用端末には高官のみが使用可能な非常用の回路が組み込まれている。こちらなら、通信制限下でも自由に情報をやりとりが可能なのだ。
「システム利用のための、音声認証をお願いします。」
「理を捨てて、浮かぶ知もあれ。」
一瞬のうちに、ミネルヴァはわたしの内部機関からこちらの要求を汲み取っていった。
「続いて、パスワードの入力をお願いします。」
「ボクの灰色の脳細胞が言うからには。」
スタイルズ荘の映像では、まだサマーヘイが一席ぶっているようだ。
「パスワード入力完了。標的を確認。カウント五から、五、四、三、二、一、零」
映像が赤にまみれた。
振り返ると、衛星軌道上からのレーザーによってスタイルズが炎上していた。地を揺るがすような爆発音がここまで届く。まるでどこかに仕掛けられた自爆装置が作動したような様相である。
「不思議ですね。あの屋敷が燃えているのを見ると、頭の中が澄み渡っていく気がします。」
「君は信じないかもしれないが事実そうなのさ。ボクたちは皆、望む望まざるに関わらず、スタイルズ荘という陣の中に囚われていたんだ。ボクは何とか逃げ切ったけどね。」
スタイルズ荘の中から、何かが高速で宙に飛び出してきた。サマーヘイだ。あのコートには防熱の機能も備わっていたらしい。空中でほっとする彼の上にミネルヴァの二撃目が降り注いだ。
つじつま合わせ【スケープゴート】。そんな言葉がわたしの頭に浮かんでは消えた。
「わたしには貴方の自作自演に見えて仕方が無かったのですが。」
「それも一つの見方ではあるね。ローレンス・イングルソープは間違いなく天才だったということさ。その勝率は百に一に過ぎなかった。この僻地を考えれば、それも驚くべき倍率だと言えるが、ローレンス・イングルソープ【スティーヴン・ノートン】は確実に勝ちに来たんだ。ボクがエルキュールである限りにおいて、この配置【じけん】には抗えないから。」
驚いたことに、赤い炎から離れて見るとポアロの顔は真っ青で生気というものが全く無かった。わたしが慌てて車を止めようとすると、彼女はそれを手だけで制した。
「気にしなくていい。反動だよ。理論上出来ることと、現実に可能なことにはズレがあるからね。それだけの相手だったということさ。あれで独学だというのだから恐れているよ。だが、天才にもまた限界があった。スティーヴン【ローレンス】よりボクの技量の方が上だった。あるいはスティーブン【フランシス】のことをボクの方がより深く理解していたと言うべきか。」
「また、オカルトの話ですか。」
わたしは少しだけ苦笑した。ポアロは自分ででっちあげた教義を、さも信じているかのように振舞う趣味があるのだ。しかし、そんな軽口が叩けるなら、本当に大丈夫なのだろう。
ポアロはこちらの言葉に応えず、ポケットの中から何かを取り出し、それがバックミラーからよく見える位置に掲げた。
「虚空【オランダぐつ】が何に見える?」
「布で出来た靴ですね。」
それは爪先のあたりに詰め物がされた、かつての医療関係者が使うような白い靴だった。
「誓って言うが、これが「ぼく」のポケットの中に発生したのはついさっきのことさ。君の言うオカルトは、こういうことも出来るんだ。」
「わたしに物理法則を超えた現象を理解させられるとお思いですか。」
わたしのそっけない言葉を聞くと、ポアロは手に持った物体を車の外へと放り出してしまったようだ。そうでなければ、密閉空間から物体が忽然と消失したことになってしまう。
「まあ、君が信じないのは勝手だがね。彼はそのオカルトのために夫人だって殺したんだよ。生き返らせるつもりではあったようだけど。」
衛星の次の標的はあの奇妙な工場のようだ。
「死んだ人間は生き返りませんよ。」
「考え方一つだよ。夫人の論理構造体をあの偏差機関の中に転写して、そのクローン体であるシンシアに再転写すれば、生き返ったと言えるかもしれない。」
「それはありえませんよ。ボクたちは工場でシンシアの素顔を一度見ているじゃないですか。彼女は夫人とは似ても似つかない顔をしていました。いくら若い頃とはいえ、面影ぐらいはあるはずですよ。」
「あの変容グッズは誰が使っていたんだと思う?」
わたしは返答に窮してしまった。確かに、彼女の素顔を見たのは、結局あの一回だけなのだ。
「そもそも奇妙じゃないか。いい歳した女性が日がなゴーグルを付けて過ごしているだなんて。普通に考えて、何か隠し事があると思うだろう。」
「言われてみれば、本当にそうですね。何故、今まで疑問に思わなかったのかが不思議です。
「それがスタイルズ荘の効果なわけだけどね。しかし、あの建物は少し惜しかったな。」
ポアロは燃え盛る奇怪な建造物を見つめている。
「何故かは知りませんが、もっと奇妙な建物に出会うような気がしますよ。」
「モナミ【モナミ】、二人なら、そういうこともあるだろうね。」
彼女の尻尾がわたしの肘のあたりを撫でた。
「いつから、エヴリンが怪しいと思っていたんですか?」
わたしは最も初歩的な疑問を聞いた。彼女が犯人なのが真実だとしても、怪しいところは何処にも無かったように思えたからだ。
「だって彼女、喋り方が変だったじゃないか。」
わたしは何も聞かなかったことにした。真実はいつも一つなのだ。
わたしの後ろでセント・メアリの村が燃えている。もう既に、地図からはこの村の名前が消えていることだろう。
「前にもこんなことがあったね。」
ポアロの言葉がわたしの心を激しく揺さぶった。
わたしたちの旅はまだ始まったばかりだ。