敵中横断二九六千光年1 セントエルモの灯
〈ヤマト〉は十のガミラスに勝てる。だが、それが限界だ。目の前に百の敵がいるならば〈ヤマト〉一隻で向かうは暴挙。ただ装甲が厚いだけの無力な船となったところを、残り九十の敵に囲まれ嬲り殺しになるのは目に見えている。
船がどんなに強力であろうと、一隻のみでは反攻兵器にならないのだった。ゆえに〈ヤマト〉は戦うための船としない。イスカンダルへ行くための船とし、すべての装備は船を護るためのものとして、交戦は可能な限り避けねばならない。
もちろんそうだ。あらためて念を押すまでもなく、そんなことは理解している。
だが――と思った。冥王星。〈スタンレー〉だけは話が別だ。
なんとしても、あの星にあるガミラス基地。遊星の投擲装置だけは、太陽系を出る前に叩き潰してゆかねばならない。
この〈ヤマト〉一隻で。それも、波動砲なしに。
沖田は窓から艦首を見た。三つ〈ひ〉の字の〈フェアリーダー〉――旧戦艦〈大和〉ではタグボートに牽かせるときに鎖を掛ける鉤(かぎ)だったもの――に囲まれた艦首甲板には、髑髏のレリーフが刻まれて宇宙を睨み上げている。その下には巨大な砲が今も口を開けてるはずだが、〈スタンレー〉攻略にはなんの役にも立たないだろう。くだらんものを積んだものだと沖田は最初から思っていた。
波動砲など欠陥兵器だ。ワープした後すぐには撃てず、撃った後にはしばらくワープができなくなるという弱点を持っている。それでは〈ヤマト〉を護る艦隊なしに使いようがないではないか。
〈スタンレー〉にはガミラス艦が百隻いるのだ。〈ヤマト〉が行けばその百隻がワッと出てくるに決まっている。そこで星を撃てばどうなる? ワープができずに逃げられなくなった船で、百隻相手に戦わなければならなくなるのだ。十隻殺ったところでおしまいになるとわかってるのに。
そうだ。だから、波動砲は使わない。使う使わないの問題でなく、使いものにまるでならんから使わないのだ。まあ理由は他にもあるが……。古代守よ、お前の仇を取る方法は、超兵器などなくとも必ずわしが考えてやると沖田は思った。あのとき、わしは逃げたんじゃない。あの星を必ず討つため退かねばならなかっただけだ。
古代守よ、わしはあのとき、必ずまた来ると誓っていた。その通りに戻ってきたぞ。今ここまでやって来たぞ。お前と、あのとき盃を交わした者らの仇を討ちにやって来たぞ。もう少しだ。あと少しだけ待ってくれ。
しかし――と思う。あの古代守に弟がいたとは……その進(すすむ)が自分のもとに〈コア〉のカプセルを届けてくるとは……その弟に兄と同じ特攻同然の任務を与えて決死の地へ送るだけでなく、船の疫病神などという辛い役を負わせなければならなくなるとは……。
「すまんな」
とひとりつぶやいた。それにしても、なんという運命の導きだろう。〈サーシャの船〉と遭遇したのも、古代進の兄を死なせた〈メ号作戦〉の帰りだった。打ちひしがれたクルーの乗る〈きりしま〉の前に、その宇宙艇は現れた。星の海を行く航行物は洗練すればするほどに海洋生物に形態が似るものらしい。ガミラスのそれはカンブリア紀の怪生物のようなのばかりだが、〈サーシャの船〉は美しかった。空から波間に突っ込んで魚を捕らえる海鳥に似ていた。一種の次元潜航艇――まさに、外宇宙から星系の中にダイブするように造られたらしいその船は、敵でないことを示すように〈きりしま〉の前をクルクルと舞った。
そのときに、この〈ヤマト計画〉が始まったのだ。
作品名:敵中横断二九六千光年1 セントエルモの灯 作家名:島田信之