うつくしき人
しだれ桜で有名な寺を紹介しているところだった。
「綺麗だな」
桂がつぶやいた。
その表情はやわらかかった。
「……たしか、明日は晴れだったよな」
銀時は特になにも感情をこめずに言った。
お天気お姉さんの結野アナの天気予報が頭に浮かんでいた。
桂がこちらを向いた。
「ああ」
「じゃあ、行くか」
なんでもないことのように、表情を変えずに、銀時は提案をした。
「ああ」
桂はうなずいた。
そして、その頬にふっと笑みが浮かんだ。
結野アナの天気予報は的中し、快晴だ。
原付バイクをまえにして、桂は腕を組み、眉根を寄せている。
「袴をはいてくれば良かった」
テレビで紹介されていた寺は、かぶき町から離れたところにあるので、銀時のバイクで行くことにした。
そして、後部座席に乗るように言ったら、この反応である。
「まあ、裾をからげればいいか」
そう言って、桂はきものの裾に手をかけた。
足が裾の合間からのぞく。
「待て」
すかさず止める。
おまえはそれで良くても、俺は良くない。
そう思った。
「横座りすればいーだろ」
「それでは女子のようだ」
「んな、くだらねェことにこだわってんじゃねーよ。ホラ、さっさと乗れ」
くだらないことにこだわっているのは自分であるのを無視して、ヘルメットを桂のほうに投げた。
寺は、かぶき町とは違って、田園風景の中にあった。
昨日テレビで紹介されたばかりだが、境内に人はあまりいない。
平日の昼だから、たいていの子供は寺子屋に行き、たいていの大人は働いているのだろう。
桜は見事だった。
樹齢何百年とかで、大木である。
幾本もの枝が高いところから地へと垂れている。
その枝に雪をまとうように薄紅色の花がいくつも咲いている。
まるで花が天から降ってくるようだ。
陽の光を受けて、花は輝いて見える。
夜桜も風情があっていいが、明るい光の中で見る桜のほうがなんとなく幸せな感じがして好きだ。
こんなふうに晴天の下で桜を見た、過去の記憶が胸によみがえる。
「……先生が、好きだったな、桜」
ふと、桂がひとりごとのように言った。
桂も同じことを思い出したらしい。
桜の花が好きだった。
松陽は。
よく一緒に花見に行った。
松陽と、そして、塾生たちと。
明るい、明るい、花の下で、一緒にいた。
「花は毎年同じように咲くけれど、人は同じではない、か」
胸の中で、明るい思い出がきらめく。
そのきらめきが、胸を刺す。
もういない人々。
この世から去っていった、あるいは、もう会わなくなった人々。
大切だった、いや、今も大切な人々。
思い出はいくつもあって、胸が痛くて、始末が悪い。
けれど。
隣を見た。
もちろん、桂がいる。
「……だが、俺ァ、今、一緒に桜を見たいヤツと一緒にいるから、いい」
思ったことを、そのまま口にした。
告げた瞬間、胸の中に浮かんだいくつもの思い出が淡雪のように消えていった。
桂は眼を見張った。
しかし、すぐに、その眼は細められる。
「……なぜ、おまえは、そんなことを、ここで」
低い声で重々しく言った。
「そりゃ、ハッキリ言わねーと、伝わらねェからだろ。なにしろ、激ニブだからなァ」
こちらとしても照れくさいので、茶化すことにした。
「だれが激ニブだと」
桂はむっとした表情になった。
それが、おかしい。
「テメーに決まってんだろ」
「決まってはおらん」
むきになって、桂は言い返してくる。
無意識のうちだろう、拳を握り、それを胸のあたりまで上げた。
その拳をつかまえ、足の横のほうへとおろす。
下げると、一度、放し、拳を開いた状態になった手を、ふたたびつかまえた。
しかし、素知らぬ顔をして、桂に言う。
「他のも、見に行こうぜ」
「……そうだな」
手をつないだまま、歩きだした。
うつくしい人、そばにいて。
いつまでも。