撮影中 case1
「以前はそう呼称されていましたが、今はたまです」
聞いた途端河上は唇をゆがめ、少年のようにはにかんだ。拙者、会いたさ見たさが止みがたく、こうして危険をおかして参ったのだ、と言い、続けて尋ねる。
「坂田銀時と係累の者はご不在かな」
「万事屋さんたちもお登勢さんも、しばらくもどりません」
それは重畳、と答えるや、河上はせかせかとからくりの頭部の後ろに手をいれて襟足の髪を掻き揚げ、操作盤を探しはじめた。からくりの口が言う。
「何をするんです」
河上はへんな声を出している。ショックを受けているようだ。
「おぬしまことに芙蓉プロジェクト製か?えらい厨くさいプログラムまみれではござらぬか。顔はかわいいのに!」
「何回かシステムを再構築してるんです」
「片腹痛いな。安普請もいいところでござるぞ、どこにメンテ頼んでんの?」
「江戸一番の発明家、この道一筋の平賀源外さまです」
これはしたり・・・。河上はさらにショックを受けている。
「何の御用でしょう」
「次のアルバムに歌ものでご入来いただきたいと考えていたのだが・・・」
「歌なら私上手ですよ、“幸せなら手をたたこう”ができます」
今の仕様じゃとてもじゃないけど無理だぁ~いやいけなくもないか?中身は総取っ替えすればいいんだし、などと河上はぶつぶつ言っている。からくりの口が開く。
「私はからくり、人の為に役に立ちたい」
「しばし御免」
河上が頸部を操作すると、からくり人形は口をあけたまま動きを止める。がらんとした準備中の店内がシーンとする。
「気分が出ないな」
河上の表情が真剣になった。からくりの頭部の向きを変えて、後ずさり、カウンターから少し離れて眺める。首をかしげて、またからくりに戻って微妙な角度で向きを変え、離れて眺め、腕を組む。石膏デッサンをする画学生のような動きを何度か繰り返したあと、再び操作盤を操って、まばたきだけはさせるように設定して、やっと満足がいったようだ。河上はちょうどいい位置までカウンターのスツールを引きずって座り、からくり人形を見ながら一人でしゃべりはじめる。
「拙者は今、音楽人生の岐路にたたされている・・・、」
拙者としては言う通りにしてくれればどっちでもいいんだけど、アイドルとガイノイドは本質的にお互いを最悪の敵とする。あるところまで共闘できても必ずどちらかが滅びることになるだろう。むろん拙者はお通どのを愛している。でも最近これでいいのかなと思ったりする。わかるかな?なんか悪いことしてるみたいな。あとマネージャーのお母上とかいてうるさいし。そこへいくと、やっぱほらおぬしなんか身軽なんだよね。
「拙者、おぬしに賭けちゃっていいと思う?」
それともいつか不気味の谷に落ちて死ぬ?からくりはぱっちりした目を瞬かせている。河上の憑かれたような表白は長引き、電子音楽への欲望と嫌悪感にまで及ぶが、ふいに熱中からさめたように、まあ、ここ数年は行くところまで行くまででござるな、と勝手に納得して去る。
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