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撮影中 case3

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看板と、店先に並べ下げていた提灯の灯りを消して引き戸の鍵をかけ、スナックお登勢の女主人、寺田綾乃が店の中へ入ってくる。

「たまや、掃除はもういいよ、今日は災難だったねえ」
「でも、もう完全にリストアしていただいてきました、お登勢さん」

 からくりはたすきを外しながら言う。やめろと言われなければいつまでだって働き続けるのだ。なんてけなげな子だろうね、と寺田綾乃は嘆息まじりに言う。

「さぞ驚いたろうに。だけどこの町ではよくあることだ。気にしちゃいけないよ」

 夜更け、どこからともなくこだましていた無数の下駄の音もやんだ。この店は、女主人の老齢もあって、以前ほど積極的な営業を行っていない。同じような店がお互いに客を取り合っているこの町だが、同じ町内どうしという意識も強いから、よっぽどのよそ者でない限り、締め出すまでにはいたらない。それに、この店のママはかぶき町の柱石として一目置かれた存在なのだった。それにしても、古色蒼然たる店構えだ。鏡や置き時計に金の塗料で名の記された、タクシー会社や旅行代理店、観光案内所は、もうとっくになくなっている。高価で精密な最新鋭のからくりがここにあることは、誰が見ても少々ちぐはぐに感じられることだろう。

「さあ、そこへお直り」

 からくりは自分の手足を丁寧に順序良く取り外し、ケースにしまって充電する。最後に首の接合部分を切り離してもらって、カウンターの端に据え置かれる。明日はどんなおつくりにしようねえ、と言いながら、寺田綾乃は年代ものの大きなメイクボックスをあけて、からくりに粉黛をほどこしはじめる。おまえはもとが清やかな面立ちだから、どうしてやっても垢抜けがするね、拵えのしがいがあるよ。

「錦絵にしてもらったら、谷中のおせんや浅草寺のお藤なんかよりもずっと人受けするに相違ないねぇ。でも、最近は昔のようにステキな絵師がいないものね・・・」

 知らず知らず、手は彼女自身が若かったころに流行した化粧法に傾きがちだ。昔眺めた少女雑誌の感傷的な挿絵がちらちらと彼女の脳裏をかすめる。寺田綾乃はハイカラな娘だった。戦争の間は、そうもいかなかったのだが。鈴を張ったような眼だね、と彼女はからくりの鬢を耳にかけてやりながら、やさしく言う。一番きれいだった頃、思いきりおしゃれができなかったのが、あたしの一番の心残りだ。

「お登勢さん、私はからくり、人の為に役に立ちたい」
「まあまあ、おまえはじゅうぶんお役立ちだよ」

 寺田綾乃はからくりの目をそっと閉ざして額のボタンを押して終了し、大事に覆いをかける。
 フロアの照明が落とされ、店は通り過ぎる車のライトや街灯かりが、擦りガラスごしにやわらかく映るだけになる。

→case4
作品名:撮影中 case3 作家名:11111