Back Shot Sexy
しかし惜しいかなこの少年、悪魔を宿している割にそいつらがちょいと足りてない。
唇を吊り上げたダンテの大剣が閃く。
猫さながら横に低く飛んだ体は受け身を取りながら一丁前に光弾を放ってきた。
…何処まで惜しい子供なんだ。
軽く仰け反るダンテの髪の毛を一房捥いだ光は壁に突き刺さり、砕く狂気の流星群。
態勢を完全に整える暇をくれてやる気はさらさら無い。
しなった背筋。
反動に変えて振りぬいた拳。
握ったエボニーが主人の指に従い吠え猛る。
タトゥーに守られてない生白いど真ん中にバスンッと風穴を空けた凶悪さ。
それは間違いなくダンテの奥底で目をかっぴらいてる悪魔が形になった『強さ』だ。
胃と心臓、その狭間に向こうの景色を透かせ、前のめりに傾いだ薄っぺらい体はそれでも倒れない。
敵の動きをギラつく棘の視線で見据えた上、声より雄弁に諦めないと意志を張り上げてくる。
食い下がってくる。
嫌いじゃない、清々しい目の中の炎。
「…本当に惜しいな」
猛攻の手をぴたりと止めたダンテは、場違いに悩ましい溜息を深く吐いた。
戦いの切っ先はダンスに良く似ている。
本能を刺激するパートナーに触れ、引き寄せ、体を密着させる。
極限まで張り詰めた空気の中で諸悪の化け物と睨み合い、足を一歩滑らせ、身をくねらせて懐に駆け込む。
踊りながら唇を盗む事も、踊りながら肉を削ぎ落とす事も、ダンテには同一の高揚だった。
睥睨する狩人の眼光に恐れもせず、素早く立ち塞がった極彩色。
少年をマントの向こうに隠し、身体の前に組んだ指をグローブに突き立てて怒気を漲らせている妖精女王。
女王に追随する形で舞い降りた水色の透明天使が少年悪魔の傍らに跪いた。
女型の肩から垂らす薄布一枚、目隠しには役不足。
足下に目線をずらせばスニーカーを越えていった血液が床に小さな染みを広げていく真っ最中なのが見て取れる。
薄暗い淀んだ通路の中で溢れた粒子踊る金色の光。それは足掻きにも似た回復の魔法だと幾体もの悪魔を屠った狩人は知っていた。
時間を与えれば当然そう来るだろう。
予測していたダンテは慌てる素振り一つ見せずに拳の中で長剣の柄を転がす。
回復されちゃマズい、マズくない、そんな事を考える相手でも無いなら好きにすれば良いさと水を差されて興を削がれた男は勝手な小休止を受け入れた。
しかし幼いツラをした悪魔は何を思ったのか。
「! 何を…!!」
傷が癒えるやいなや立ち上がり、仮面悪魔の細腕を握り込んで力任せに自分の背の後ろに引いたその姿。
「お止めなさい!」
慌てふためき素っ頓狂な声を上げる仮面女の声を綺麗に無視した少年は、一歩前に足を踏み出して改めてダンテの眼光の矢面に立つ。
敵わぬ力量を体に教え込まれた直後に真っ向から挑み、睨んでくる。
その気の強さ。
長めの銀髪に覆われたダンテのうなじが密かに粟立つ。
「…お前、マジで勿体無いぜ…」
思わず唇の内側で呟いた。
気が強くて凛々しい美人にゃ滅法弱い。
生来の悪癖が顔を出すが、まぁなんて事は無い。それが人間で、女であれば、の話だから。
こんな場面だとしても口先残念がってみせる、そんな自分を鼻で嗤う。
次に息を吸い込む時にはアイスブルーの瞳は形を変えた。
「まだやるってのか?」
「あんたが俺達を放っておいちゃくれないんだろう?」
「オイオイ、初めに約束を破ったのはお前だぜ」
一つ言い合う毎に砕けた空気が再構築を始め、端から深々凍り始める。
比例して、束の間伸びていた神経が集約に向かう。
そうだ、こいつだ。この感覚だ。
足りないと侮っていた子供が不足ない男だと知った今、エボニーのグリップを掴んでいた手に必要以上の力が篭もって鋼鉄とグローブが摺れ、捩れ、拳の中でギチギチ鳴いている。
「さぁ、続きを始めようぜ!」
轟音が三発、通路をつんざく。
弾道上にあった頭は素早く避けて、それに釣られて薄暗い道の中で翻るエメラルドが名残を残し、眇めたダンテの白目に尾を引いた。
呆れる程美しい、実体の無い煌めきを打ち消す少年の両拳に渦巻いた地獄の業火。
戦いの緊張感をリアルに映して限界まで見開いた大きなグレーの瞳がグンッと伸び上がって来るのをニヒルに笑いながらダンテは待ち受けた。
悪魔を美しい、なんて。
その時は直感で浮いた言葉の意味なんてダンテは追い掛けもしなかった。
次には相手の動きを読んで浮いた言葉は流れて消えた。
しかし、この時確かにダンテの心の海へ一滴の翡翠が落ち込んだのだ。
作品名:Back Shot Sexy 作家名:輪車@丹羽