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どうかこの花に太陽を

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そろそろだと、思うんだよな。

陽介がそう言ったのが六月四日、そろそろも何も一日違わぬ小西早紀の四十九日だった。
『俺が訊いても駄目だから』――…折り入って頼みがあるんだといつもの調子で、宿題を見せてくれだの百円貸してくれだのと切り出すのと全く同じように、けれど、
『先輩の親御さんに訊いてほしいんだ』――…全く笑っていない目でそう懇願された。談笑と雑音に塗れた教室で一際浮いた、その眼差しは、暫く忘れられないだろう。

先輩のお墓の場所、知りたいんだ。

頼まれてくれないか、と小さく言った親友の薄っすら滲んだチャコール・グレイは。


「ここ、か……」

ぴちゃん、と水溜りの上で立ち止まった陽介が感慨深げに呟く。しかしながら、辿り着いた墓石は真新しくもなければ奇怪な形でもない、ごくごく有り触れたものだった。
先祖代々の墓なのだろう。『小西家』と刻まれた石の塊の側面には、『早紀』と、かつて彼が慕った女性の名が記されていた。それを確かめた陽介がはにかむ。笑い損ねたような表情でその名に触れる。伸ばした指先が雨粒に濡れた。

先輩、とか、来たよ、とか。そういうことを言ったのかも知れない。
僅かに開かれた唇が何を言ったのか、それは最後まで分からなかった。

やがて唇は固く結ばれ、目も固く閉じられて、真剣な横顔は角度を変える。黒い傘が前方へと傾いて、学ランの背中が露になったのを見て、那須はようやく彼が頭を垂れていることに気が付いた。深々と一礼した陽介に倣って、慌てて礼をする。だが、頭を上げるのはこちらの方が早かった。
丸出しの背中が濡れるのも構わず、じっと祈る陽介をじっと見詰める。片手に携えた金盞花が小刻みに震えている。そこにどれだけの想いが滾っているのか、那須には分からない。分かれない。

彼女が亡くなったのは、会ってすぐのことだった。
偶然居合わせて紹介された早紀は、優しげながらも地味で、冴えなくて、くたびれた笑みが一つという年齢差を三倍近くに見せていた。陽介に八高の先輩、と言われなければ大学生だと思い込んでいただろう。
正直なところ、元気で明るく、快活で、外見も垢抜けている陽介にはもっと他に似合いの女性がいるのではないかというのが第一印象だった。
例えば、明朗活発でノリの良い千枝だとか、大人しいが人の目を惹くルックスの雪子だとか――…
けれども陽介が選んだのは早紀だった。その理由も、経緯も、分かっているのは本人だけだ。
「……なんでだろな」
立ち上る線香の煙の向こうでぽつり、と落ちたのは疑問かただの独り言か。
どちらにせよ、答えようのない那須は黙って見詰めた。少し俯いて垂れ下がった前髪の下、泥のように暗く染まりながらも、痛い程澄んだ眼差しが返る。萎れた花に似た姿勢で陽介は言う。

「俺さ、オカシイのかな。

先輩はもういないのに、今でも先輩がレジ打ってた売り場行くと今でも緊張したりして、先輩には好きな人がいたのに、一緒にプリクラ撮れただけでも大喜びして、先輩に……先輩の影にあれだけボロクソ言われたのに、吹っ切れなくて忘れらんなくて、また俺の名前呼んでくれるんじゃないかって、『花ちゃん』って、言った先輩の声思い出して期待してこんなとこまで来て、馬鹿だなって自己嫌悪する一方で、まだ、先輩のこと覚えてる自分が……ちょっと、何て言うか。……嬉しくて。

俺さ、やっぱ変なのかな……」

その水面を滑る視線が探しているものも分からなければ、震わせた声で無理にでも笑おうとする性分も直せないし、複雑に絡み合った感情を解くことだって出来やしない。
自分に出来ることと言えば、雨垂れに濡れた背に傘を差しかけてやることと、この物思いに名前を付けてやること位だ。
そっと肩に掛けた手に、陽介が振り向く。焦点を失った瞳が風に揺れる花の如く移ろう。

「それは変じゃなくて、恋なんだろ」

冷えた指先から滑り落ちた花束が、ぱしゃん、と石畳に波紋を描いた。

「……ああ、……そっか」

そうかもしんない、と軽く肯定した陽介はそれを拾いもせずにぼんやり佇む。
根は絶たれ、土にも還れず、ただ枯れるのを待つばかりの恋を抱えた親友と足元の黄色い花が重なって、那須は唇を噛んだ。いつか本で読んだ花言葉を、思い出していた。


『わかれの悲しみ』