赤に還る世界
赤に還る世界
世界が金色の悪夢に還るとき、ゼロスは赤い刹那に還っていった。
世界が終わる日。
崩れる太陽が世界を赤く染め上げる。一面に広がる麦畑が、風に揺られて波を打つ。世界の最期を見届けるため姿を現した、人にあらざるものは、永い望みを叶えた感慨と、使命を失った空虚に、微かに身を震わせた。残されたごく僅かばかりの時間。今はもう、従わなければならない命令も、しなければならない仕事も、何もない。
荒れ狂う風。金の穂先を染め上げる赤。ああこんな人間がいた。「彼」は笑った。彼女がいたときのように。創られて初めて自由を得た「彼」は、一人の人間を思った。幾多の思い出は、永い永い時間の中でも風化することなく、刻々と鮮明に浮かび上がる。
もう二度と会えない。あの刹那の輝き。紅く、赤く、輝く娘。いつもいつも予想を超える言動で、どんな不利な場面もひっくり返した。止まることなく果てを拓く彼女の意志。理解することはできず、ただ「彼」は美しいと思った。触れることさえできない赤い炎に寄り添い、金色の夢を見た。あの満ち足りた時間。それはおそらく、彼女たちが幸福と呼んだものだったのだろう。
彼女が逝くまで、世界がこんなに美しいとは知らなかった。あのとき、彼女は何よりも鮮やかに浮き立っていたから。
何の意味もない。何もすることがないこの刹那。彼女を思えたことを誇らしく思う。
あのとき、金は赤を煌かせるために在ったのだ。
在りし日の姿に還ることを望むものが、彼をあの時間へ連れて行く。
眩い赤が金の波に侵されていく。混沌に呑まれ、形を失いながら、「彼」はそれでも赤を見ていた。
いつだったか、彼女が言っていた。確か、風の強い日だった。栗色の髪がしなやかに靡いていたから。小さな身体に生命を漲らせて。底知れない瞳で、不遜に笑う。彼女は、美しかった。
「殺せば、自分のものにできるなんて思ってるわけ?」
「あんたはあたしを失うだけだわ。それこそ永遠にね」
「あんたが殺さなくったって、あたしはいつかは死ぬわよ。その原因がたまたまあんただってだけ。そんなの何の意味もないわ」
「今生きてる、このあたしだけがあたしよ。死んで、混沌に還る魂も、土に還る身体も、それはもうあたしじゃないわ」
「あんたが望む『あたし』も、今ここにいるあたしなんじゃないの?」
「ゼロス」
理解できない言葉と無邪気な笑顔に阻まれて、手を伸ばすことさえできなかった。
あの言葉が、今ようやく染み渡る。求めるままに、生きて死んでいった彼女。
きっとこの悪夢の向こうにあなたはいない。赤はあのときにだけ存在した。
それでいい。あなたは刹那を愛した。永遠などは似合わない。いつまでも、あの刹那であなたは輝く。
リナさん
永遠に終わる刻、「彼」であったものは刹那に還る夢を見た。
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蛇足
永遠なんてものに彼女が縛られないと知っていながらも、やっぱり「いつまでも」という永遠を求めてしまうゼロスが書きたかった。