FATE×Dies Irae3話―9
両者の戦いは、徹頭徹尾、間合いの競り合いに終始した。
さもあらん。
銃器を好む司狼と剣客であるアサシンとでは、得手とする間合いが明確に異なる。
退く司狼。追うアサシン。
戦況は文字通りの一進一退。
距離を詰めようと地を蹴るアサシンを、司狼はありったけの弾幕で寄せ付けない。
構図だけを見れば司狼が一方的に攻撃を仕掛けているかたちになるが、その実劣勢を強いられているのはまぎれもなく司狼の側だ。
「ちっ……!」
撃てども撃てどもかすりもしない。
絶え間なく火を噴く二丁拳銃の弾幕を、アサシンは華麗な身のこなしでやすやすと躱してのける。
速い――だけじゃない。
アサシンはこちらの銃撃を完全に見切っている。
寄せ付けないのがやっとであり、とても当てられる気がしなかった。
互いに決め手を欠いた膠着状態は、時間稼ぎが目的のアサシンにとっては望むところに他ならない。
それが分かっているからこそ、司狼は焦り、アサシンは笑った。
「そらどうした? そんなことではいつまでたっても私を突破することはできんぞ?」
見え透いた挑発には耳を貸さず、司狼は打開策を求め、懸命に思惟をめぐらせる。
創造位階は使えない。
詠唱に意識を割いたその瞬間、間違いなく刀の間合いにとらえられる。
接近戦も論外だ。
一目身のこなしを見ただけで、アサシンが卓越した剣腕の持ち主であることがはっきりと分かる。
初撃を避けられたのは、それが小手調べの一太刀だったからに過ぎない。
アサシンがその気なら、刀の間合いにとらえられた時点で勝負は決することだろう。
しかし、だからといってこのまま銃撃を続けていても埒が明かない。
飛び道具でアサシンを仕留めようと思うなら、物量で押し潰すか、大規模破壊で吹き飛ばすか……いずれにせよ圧倒的な『面』の攻撃が必要だ。
だが『血の伯爵夫人』には、そのいずれも満たす武器はない。
(打つ手なしかよ……! いや――)
違う。
一つだけ、この状況を打破しうる術があ――
「…………っ!」
『嫌な感覚』が、ぞわりと背筋を滑り落ちた。
「殺(と)った」
紫紺のサムライが、神速の踏み込みで司狼のふところに飛び込んだ。
斬光が弧を描く。
苦し紛れの回避など用を為さない、神域の太刀筋。
それを司狼は、とっさに首を傾けただけで、かすり傷一つ負わず躱してのけた。
「――――」
驚愕に目を瞠りながらも、アサシンの二の太刀に澱みはない。
返す刀が、首筋めがけて吹き荒ぶ。
それも当たらない。
「くそが……! デジャビュりやがる……!」
三撃、四撃、五撃――そしていよいよ追撃が十にさしかかろうとしたところで、アサシンは刀を繰る手をとめた。
アサシンだけではない。
司狼もまた銃撃をやめ、二人は距離を置いて対峙した。
「貴様……」
警戒の眼差しが司狼を射抜く。
「――ワリいな色男。チートモード、入っちまったわ」
司狼は銃の形成を解きながら、苦々しげに吐き捨てた。
「ああ、いらつくぜ……! 何がいらつくって、こいつに頼らなくちゃなんねえ自分の無力さが一番いらつくわ!」
憤怒に声を荒げながら、形成したバイクにまたがる司狼。
己を蝕む既知の毒が、声高に訴える。
自分はまだ、こんなところでは死なないと。
ゆえに――
「――強行突破か。舐められたものよな。とはいえ、その面妖な手品は確かに厄介だ。ああ、分かるとも。伊達に剣のみに生涯をついやしたわけではないのでな。このままでは、たとえ百撃重ねたとて貴様の首には届くまい。――ならば是非もなし」
これまで構えらしい構えを一度も見せなかったアサシンが、ここにきて初めて剣を構えた。
刀身を水平に持ち上げ、腰をひく。
「こちらも決め技に訴えさせてもらうとしよう」
必殺を宣言するアサシンに構わず、司狼はアクセルを噴かした。
大型バイクが弾丸となってアサシンに迫る。
「うぉおおおおおおおおおおおお!」
「秘剣――燕返し」
ほとばしった剣光は、のべ三条。
しかし放たれた魔剣は、司狼の身体に届くことなく虚空に消えた。
剣光だけではない。
技を繰り出したアサシン自身も、辺りを覆っていた結界も、二人を遠巻きに取り囲んでいた竜牙兵たちも、時同じくしてこつぜんと消失する。
『ふむ……どうやら足止めもここまでのようだな』
アサシンの声だけが、いずこともなく木霊する。
司狼は振り返らない。
限界までアクセルをひねる。
結界の消滅。
足止め役の撤退。
「くっ――!」
その意味するところを頭では理解しながらも、司狼は冬木ハイアットホテルへと急いだ。
もう何もかもが終わった後だと、そう理解しながらも。
作品名:FATE×Dies Irae3話―9 作家名:真砂