5つの方法
遠い意識の向こう側で、ピーピーと何かの電子音が喧しく鳴っている。
その音に浅い眠りの中にあった意識がグン、と強い力で目覚めと言う現実に引っ張り上げられた。
自然な目覚めではなく強制的な目覚めによって覚醒すると、妙に頭が重たく感じる。
目に映るのは、見慣れた天井とそこにぶら下がる埃を被った電気。
重たい頭を持ち上げて身体を起こすと、まだ喧しく起きろと叫ぶ目覚まし時計を乱暴に叩いて消した。
そんなに力を込めたつもりもないのに、喧しかった時計はガシャ、と無残な音をさせて沈黙する。
ああ、目覚まし時計を壊すのはもう何回目だ…。
また新しい時計を買わなきゃなんねえ。
以前は携帯のアラーム機能を使っていたものの、こうやって目覚めの悪い朝に一度自分で握り潰してしまってから、携帯を使うのはやめる事にした。
携帯を買い換えるよりも時計を買う方が断然安い。
携帯は仕事中に買う暇がなくても、時計ならドンキで適当にいつでも買える。
しかしこんな風に何度も時計を壊してしまっては、結局出費は嵩んでいる訳だが。
そんなどうでも良い事を考えながら布団から這い出ると、とりあえず頭をスッキリさせようと洗面所へ向う。
冷たい水で顔を洗っても、目の前にある鏡に映るのはいつも以上に不機嫌でダルそうで、目の下に隈が薄らと出来ているようにも見える自分の顔だ。
遅刻ギリギリの時間にも関わらず、俺は水を頭から被った。
濡れた髪も半乾きのまま、いつものバーテン服を着こんで職場へ向う。
流石に朝っぱらから絡んで来るようなバカはいなかったが、それは俺の顔がかなりの不機嫌顔だったからなのかも知れない。
職場に顔を出したとたんに、トムさんに「どうした?」と言われてしまった。
そんなに酷い顔をしてるのかと思ってトイレに行ってみると、鏡に映ったのは矢張り酷い顔だった。
夢見が悪いのが悪い。
仕事で池袋の街を歩き回った疲れと、あれこれと理由を付けて金を払わないバカな債務者相手に無駄に暴れまわった疲れで夜はぐっすりと眠れる筈なのに。
最近眠るたびに同じ夢を見る。
必ずだ。
必ず同じ奴が現れて、同じ事を俺に言い、同じように魘されて、同じように目が覚める。
おかげで最近はずっと眠った気がしねえ。
夢は願望の現われだとか、情報の整理だとか何とか、いつか新羅のバカが言ってた気がするが、あんな夢が俺の願望だの情報だのだったりするなんて冗談じゃねえ。
あんな事を言われるのが願望など有り得ないし、あんな事を言われた記憶もない。
だったら何故あんな夢を見るのかも解らない。
考えれば頭が鈍く痛む気がして、直ぐに考える事は止めた。
しかしイライラは収まる事もない。
夢にまで出てきたあのアホを殴り殺しに行きたい、と思っていたら、仕事中に偶然ソイツを発見した。
「手前、臨也……」
「あーあ、見付かっちゃった。俺、このまま新宿に帰るからさぁ、見逃してくれない?」
いつもの黒い服に黒い髪。
まるで陽に当たっていないような無駄に白い顔に、赤い眸。
何が可笑しいのかいつだってコイツの口はニヤリとムカつく笑いを浮かべている。
服装が少し違えば、まんま夢の中に出てきたコイツだ。
「…手前はいつもいつも毎晩毎晩好き放題出てきて好き放題ぬかしやがって…」
「……は? 何言ってんの? ついに頭イカレた? 死ぬの?」
ノンブレスで低く呟く俺に、臨也は首を傾げながら数歩近付いて来て顔を覗きこんでくる。
近付いたくせに、しっかり3メートルほどの距離を取るところが憎たらしい。
その距離なら俺が動いたと同時に逃げられる。
多少喧嘩慣れした奴なら必ず取る距離だ。
とりあえず、殺しとくか。
そうどこか冷静に思ったと同時に、手を伸ばしていた交通標識のポールがメキッと音を立てて千切れた。
そしてその瞬間に、奴もヒラリと更に距離を取る。
…クソが。
今日と言う今日は、絶対殺してやる。
気付けば一緒に歩いていたはずのトムさんの姿が見えない。
その代わりにギャラリーが集まっていて、その遠巻きにするギャラリーを蹴散らして、俺は臨也を追いかけた。
「待ちやがれ、このノミ蟲野郎がッ!!」
今日こそ奴の息の根を止めなければ、俺に安眠はない。気がする。
毎日毎晩同じ事をコイツに言われ続けて堪るか。
池袋の街に、暫く静雄の怒声が響き渡った。
『―――恐れてはいけないよ、人を傷付ける事を』
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お題サイト「fio」(http://coo.fem.jp/fio/)様より
「5つの方法」お借りしました。