Take care
「行くよ、ポッちゃん!」
びょう、と一際強い風が湖面を荒らした。キクカは対峙するアクア団を睨み、自分の足元に向けてボールを振りかざす。
光が漏れて、現れたのは巨体。エンペルトという種類の鳥形ポケモンが、堂々とした風格を以て相手ポケモンに影を落とす。
対するアクア団員のポケモンはグレッグルである。普段は飄々と相手を翻弄するポケモンだが、今回ばかりはエンペルトを見上げて冷や汗を流している。きけんよちの能力で、身の危険を察知しているのだろう。
エンペルトはグレッグルをにらみつけた。鋭い槍状の角が狂暴な光を放つ。グレッグルはひるんだ。
しかし、アクア団員は引き下がらない。手持ちポケモンが怯えようが構わず、指示を出す。
「グレッグル!だましうち!」
ぷるぷる震えていたグレッグルの姿が消えた。
『!』
エンペルトはすぐさま、相手の姿を捜した。彼が振り向く刹那、グレッグルの素早い拳が正確に横腹を捉えようとしていた。
「ポッちゃん!」
キクカが気付くよりも速く、動き出す影があった。
その小さな身体は、グレッグルとエンペルトの間に飛び込み、身代わりに遥か背後へ吹き飛んだ。
『……!?』
「……!!」
そのポケモンは、キクカの頭に乗っていた、非力なウリムーなのであった。
バトルはキクカの圧勝に終わった。
ウリムー狂いのキクカが、愛する「こげちゃ」を傷つけられて黙っているはずがない。
「ポッちゃん」こと、エンペルトのポルカの絶対的な破壊力により、アクア団員の手持ちは全て地に屈することとなった。
こげちゃを抱えたキクカは、ドードリオもかくやの走りでポケモンセンターへ向かい、治療中も片時も傍を離れようとしなかった。
「こげ……」
涙ぐむキクカの隣で、心配そうに見守る者がもう一匹。ポルカは申し訳なさそうな顔で、キクカに寄り添っていた。
『……』
ポルカは黙って、ずっと立ったまま治療室の扉を見つめていた。
ガチャリ、と扉が開いた。
中から、ポケモンセンター職員の女性と、ストレッチャーに乗せられた小さな塊が現れる。
「こげ!」
キクカが急いで駆け寄る。ポルカもそれに続いた。
「もう大丈夫ですよ」
にっこりと微笑む職員。見ると、こげちゃの頭部に大きな絆創膏が貼ってあるだけで、後の傷は粗方治りきっているようだった。
『おなかすいた』
当人も、ポルカの顔を見るなり、いつもの言葉を吐き出す始末である。
キクカに抱き寄せられ、もみくちゃにされながら、こげちゃはじっとポルカを見る。
『………無茶すんな』
ポルカはぶっきらぼうに、ポフィンをこげちゃに渡した。
ポフィンをもふもふ食べるこげちゃ。
キクカは滅茶苦茶に可愛がることを止め、少し離れて食べる姿を観賞している。
ポルカはこげちゃの隣に座り、食事をする彼女に寄り添っていた。
『……おまえさ』
こげちゃに返事はないが、ポルカは問いかけを続ける。
『もしかして助けようとしてくれたのか』
こげちゃは黙ってポフィンを食べ続ける。心なしか、頬が桃色に染まっていた。
ポルカは嘆息した。こげちゃとはすぐそこのテンガン山で出会ったため、パーティーに入ってまだ日が浅い。しかもキクカの愛玩用ポケモンと化しているので、なかなか戦闘には出されない。
それが、曲がりなりにもトレーナーのポケモンにぶつかっていって、勝てる筈がない。しかも、こげちゃが身を擲つ程の攻撃ではなかった。エンペルトの防御力は並大抵ではない。
『いたそう、だったから……』
ぽそり、とこげちゃが呟いた。額の大きな絆創膏が、痛々しい。ポルカは、そっとその傷を庇った。
『いいか、俺は強い』
ぽかんとするこげちゃ。ポルカは構わず続ける。
『お前よりよっぽど強い』
焦茶の瞳を覗き込む、深い群青の目。
『だから、お前はお前だけを心配しろ。何かあったらキクカがもっとおかしくなるし、俺も悲しい』
ぽすぽす頭を撫でる。雪山に適合したウリムーの毛は、ふわふわで温かい。
『分かったか?』
しばしの沈黙。
『………………モモン…』
空気が凍り付いた。
『もういい!心配して損した!』
ポルカは勢いよく立ち上がり、少し離れたところのキクカに向かって歩いていった。
こげちゃは肩を怒らせる彼の背を見送り、
そっと、微笑んだ。