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 例年通りと言っては何だが、今年もどうやら家には戻れそうもない。遼太郎はこめかみをボールペンの尻で突付いて一人ごちた。
 折角愛娘が待っている…しかも今年はその「お兄ちゃん」まで居るというのに年を越す瞬間さえ一緒に迎えさせてもらえないとは。
 ――正直を言ってしまえば、去年までは心底残念だなんて思っていなかった。むしろほっとしていたと言ってもいい…寂しい思いをさせたいわけではなかったが、どうもそういう祝い事を菜々子と楽しそうに過ごす自分が想像できなかったからだ。きっと二人きりでカウントダウンのテレビを見て、そこからどうしたらいいか分からなかった。本当に不甲斐ない父親だった。
 今年は、違うはずだった。
 しかし大きな事件がひと段落して、まともな取調べもままなっていない現在そんな暇はついぞ年をまたぐこの日まで与えられなかった。
 今年こそは三人…いや、四人で笑顔で過ごすはずだったというのに。

「堂島さん」

 遠慮がちに若い巡査が遼太郎に声をかける。ありありと「今この人に話しかけたくない」という気配を漂わせて、それでも言葉を続ける。
「取調べの時間です」
 くしゃ、と自分の顔が歪んだのがわかった。胃がきゅうと締まって喉の奥に何か詰まって息ができなくなるような感覚に襲われる。
「ああ」
 短く返事をして先に家に連絡をする、と断った。

 五回と半分コールが鳴ったところで、「はい、堂島です」とよく通る若い男の声が受話器の向こうから聞こえた。
「徹、俺だ」
 遼太郎さん、と返事をする甥の声はほんの僅かに残念そうな色を含んでいて、内心申し訳ない気持ちになる。恐らく遼太郎の第一声でいい報せではないことにもう気が付いたのだろう。
「すまない、今日も帰れそうにない」
『わかりました。家のことは俺に任せて今年最後のお仕事、がんばってください』
 それでもおおげさにため息をついたりだとか、菜々子が寂しがるだの言わないあたりよくできているというかなんというか。
「本当に済まないな」
『遼太郎さん、そういうことはもう少しふざけて言った方がいい
 そんな声で言われたら許すものも許せないでしょう』
「悪い」
 くすくすと笑って茶化して、徹は遼太郎の返事に今度は苦いものを含ませて電話口で笑ってみせたようだった。
『…菜々子に代わります
 直々に謝らないと』
 楽しみにしてたんですよと付け加えて、受話器の向こうの音が遠くなる。くそ、無闇にハードルを上げやがって。
 しばらくして、小さな軽い足音が近づいてくるのが聞こえた。
『菜々子です』
「ああ、菜々子」
 少し電話ごしで雑音の混じった細い声に全身の筋肉がほぐれていく、本当に千里に似た声だ。
『お兄ちゃんからきいたよ、おしごとがんばってね』
「済まないな…」
『ううん、菜々子寂しくないよ!ざんねんだけど…
 今年はお兄ちゃんもいるから』
 明るく振舞う菜々子の声は確かに去年のものと違う。その絶対的な差が遼太郎の心を少しだけ軽くさせる。
 そうだ、もう去年のようなことにはならない。たとえそれがつい一月前まで思い描いた幸せの形と違っていたとしてもだ。
「明日には流石に帰れるようだから、餅を買って帰るからな」
『菜々子ぜんざいがいい!』
 とたんに明るく跳ねた声に自然と頬が綻んだ。しかし甥のことだからもしかしてもう買っているだろうか?安いからといってたくさん買っていったらもう家にありましたなんてことは甥が来てからというもの頻繁にあり、最近では必ずメールだとか電話で確認を取るようにしているのだった。
 もう一度代わってくれないか、と声を発しようとしたそのとき、電話口の声が急にトーンを落として真剣な様子で話し始めた。

『おとうさん』
 もしかしてやはり余程に寂しかったのかと考え、受話器を持ち直す。真剣に話をする菜々子のことを少しでも見てやらねばと思う。
「どうした」
 言いにくそうに、言葉をいくつか飲み込むのが分かる。見えなくとも口元を硬く結んでいる顔が脳裏に浮かんだ。
『…お兄ちゃんにね、悪いひとはどうして悪いことをするの?ってきいたことがあるの』
 飛び出した言葉が予想外のもので、遼太郎は思わず面食らう。何の話だったろうか。
『そしたら、きっとしかたなくだよ…って』
 ――ああ、
『おとうさん』
 今日は、そうだ、四人で過ごすつもりだったのだ。ほんの一月前までは。

『足立さんは、しかたなかったの?』

 搾り出すような声だった。
 遠くで徹がコンロに火を点ける音がして、自分が返事に詰まっていたことに気が付く。
「――あいつは」
 口の中が乾く。さっき呼びに来た巡査がこちらの様子を伺っているのを目の端で見る。そんなに俺は、酷い顔をしていたか?
「あいつのことは…よく考えたら、俺はほとんど知らなかったんだな」
『…お父さん?』
「あいつがどんな気持ちだったのか俺にはわからん」
 何一つとして分かってやれていなかったのだ、あれが全部だとどこかで決め付けてそれ以上を見ようとしていなかった。
「…だから、今から聞きにいく」
 目を覆う、本当に見たいものを見るために、菜々子の声だけを聴けるように。
 情が移っているだろうし、なによりもまだ退院して間もないということで一時は候補から外されたが、遼太郎は足立の事情聴取担当を強く志望した。結局公平な立会人の下でという条件下で担当を許されたが、一週間経った今でも足立からはまだ何も聞き出せていない。
 足立は、立会人の刑事が何を言おうともただ黙ってじっとこうべを垂れていた。何かを考え込むように、ひっそりと。
 今更言い訳などする気がないのは分かっているのに、どうしてその必要があるのかといえば理由はすぐに思い当たるのだった。そもそもこの事件は超次元的なものでまっとうに成立する内容ではないらしいのだった。
 そして足立は恐らく、正直に話せば完全な心神喪失扱いとなるだろうそれを無かったことにして、スムーズに逮捕できるような話を『でっちあげて』いる途中なのだ。
 自分にまでそれを真剣に話すようだったら一発ぶん殴ってやろうとも思ったが、取調べ室で一度だけこちらを見て情けなく笑ったいつもの相棒を思い出してはそんなことはきっとできないだろうと思った。
「菜々子、」
 言葉を慎重に選んで、呼びかける。
「来年は一緒に年を越そう」
 また姉さんたちが年末も忙しいようだったら甥も呼んで、こたつに入ってテレビを眺めて、年が変わった瞬間に挨拶をして…そして
「そのうち、足立とも一緒にな」
 年末は実家に帰るのかときいたら苦い顔をして、堂島さんちにお世話になります、なんて
『…うん』
 結局菜々子の質問に答えてやれることなんて今でもほんの少しで、今だって俺の口からは何も答えてやれなかった。
 しかし、遠い未来だとして口にした言葉が現実になってくれるように俺は今日間近にある幸せに背を向けてここにいる。

「それじゃあな、菜々子。
 大晦日だからってあまり夜更かしするなよ」
『うん!…お仕事、がんばってね おやすみなさい』

 受話器を小さな手で握る菜々子が見えた気がした。
作品名:12/31 作家名:工場の部品