めたぼなあめりかの話
息をのんで、腰掛けたままちょっとだけ伸び上がる。何回目かの挑戦だった。数なんて覚えてない。やっぱりだめだった。無駄になった空気がふっと口から消費されて出ていく。
指先は痛むし(どうしてかなんて訊かないで欲しい、それはプライベートな問題ってやつ)、息苦しかった。この重力が恨めしい。そうでなければもっとスムーズにことは進んだかもしれないのに。俺はちょっとだけ涙目になって、テキサスのレンズごしにフランスをじっと見つめた。俺の視線に気づいた彼は小さく苦笑する。そんな様になる笑顔を浮かべてみたって今は何の救いにもなりゃしない──むしろちょっとむかつくぐらいだ。
「…フランス」
「なに。そんな顔したってだめだよ」
彼の口元に添えられた指先の余裕が恨めしい。うつくしいアンティークの椅子に足を組んで腰掛けたフランスは、悠々としたしぐさで足を組み替えた。「ほら、がんばれよ、アメリカ。あとちょっと」
「…くそ、」
イギリスが聴いたら泣くよ、 フランスはそう言ってかるく笑い声を立てた。俺は彼をまたひとつにらんで、ベッドから勢いをつけて軽く腰をあげ、──ズボンの前をぐいとくっつけようとした。
息を止めているうちにウエスト周りが段々痛くなってくる。息苦しさっていうよりも、もうすでにおなかが痛いっていう感覚の方が近い。前留めのボタンをいじる自分の拳が腹にうまる──ああ、ああ、ばか。俺のばか。目の前にぶら下げられたにんじんを我慢できないばかなロバにいつから成り下がってしまってたんだろう。ベルト穴が足りなくなってこのあいだ大あわてで自分で皮に穴をあけたばかりなのに、もうきつくなり始めてる。
「がんばれ」 フランスがちっとも励ましになってない声をかけてくる。角度と照明でちょっとブラウンがかってみえる彼の目。きれいな目のいろ。淡いけれどもしっかりと赤い血のいろをしたくちびる。少し薄め。でもやわらかい。フランスはきれいだ。それに、俺みたいにおなかの肉のことで困ったりもしない。おいしいものが好きなだけなのに、こんなの不公平だと思わないかい?
俺はぎりりと奥歯をかみしめ、なんとかボタンをかけようとまたよりいっそうおなかをへこませた。ボタン穴に貝殻で出来たボタンをねじ込もうと何度もトライしたせいで、俺の指先は痛くてしかたない。後で見たら爪の生え際が白くなってた。でもあとちょっとだ。おなかにも締め付けられたあとがついてしまってるけど、本当にあとちょっと。ボタンをねじ込んでしまったら俺は解放される!
そこにひやりとした手が伸びてくる。俺のより細いけど、どこか無骨な手。つまりはだ──フランスの手。俺の代わりにボタンをかけようとしてくれるけど、逆効果だった。俺はびっくりして息を吐いてしまった。解放されたおなかが喜んでぽよん、と跳ねる。
「あーあ」
そのせいで、ボタン穴に中途半端に引っかかっていたボタンがはじかれて飛んでいった。
これで二十個目。 フランスの無情なカウントを前に、俺は詰めていた息を吐いた。
そよごさんへ( [ゝ]ω[∂] )⌒☆
作品名:めたぼなあめりかの話 作家名:tksgi