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【弱ペダ】Peachy!

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「回せ、小野田ァ!」
「はい、巻島さん!」
 素直に頷いた小野田坂道は、ペダルを踏み込む足に力をいれた。いつもながらに、ぐるぐるぐるぐると回転数が早くなる。そのまま見ているとその内吸い込まれるか、目が回るんじゃないか、と思うほどだ。
 峰ヶ山の登り道を二台のロードレーサーが駆け上がっていく。先を行く巻島を見上げて、坂道が大きな笑みを浮かべた。
 全く。
 巻島祐介はそれを見て苦笑する。
「楽しいか?」
 車体を大きく振って走る巻島に対して、坂道はひたすらにペダルを回す。愚直とも言えるほどにがむしゃらに。
「はい、楽しいです!」
 頬を染めて、ものすごくいい笑顔で元気に答えた。
「あっ! あー! す、すみません! 練習なのに、楽しいなんて不謹慎ですよね! 真面目にやります!」
 自分が何を言ったのか理解したのだろう、自転車を揺らすほど慌てた。
「クハ! いいショ」
 吹き出す。おかしい後輩だ。
「楽しけりゃ、楽しい顔をしろヨ」
「ハイ!」
 巻島の言葉に、坂道はさらに大きな笑みを浮かべた。
 こんな顔をする部員は初めてだ。それも同じクライマー。幼い顔にまだ出来上がっていない身体をした後輩と、競って登る練習が楽しいと思う。
 巻島は自分たちの更に後ろを見やる。曲がり道で見えないが、総北自転車競技部の面々が走っているだろう。
 合宿が終わった後、インターハイに向けての練習が始まっている。今日はクライマーが一番楽しいメニューだ。山をとにかく早く登る。チームメイトを全員後ろに従えて、がむしゃらに山道を引くのだって嫌いではない。だが、常に後ろの調子を気にしながらの走行に比べて、思いっきり飛ばしていい方が格段に楽しい。
 勝負も出来るしな。
 巻島は再び後ろを見る。
「うっ…」
 きらきらしたまなざしをした坂道の視線とばっちり合ってしまう。
 おいおい。
 少年の全身からは、巻島への敬意と純粋な好意がだだ漏れで、むしろこっちが恥ずかしいと言うか、むず痒いと言うか、居たたまれない。
 それなのに、それを嬉しく思っている自分もいる。
 ――ここはなんか先輩として喋った方が良いのか……?
 巻島はうーん、と唸った。
 部活が始まる前のことを思い出す。巻島が着替えている隣で、小野田が小さなプラスチックの人形を見て、物凄く嬉しそうな顔をしていた。フィギュアとか言うんだったか。
「小野田」
「ハイ、なんでしょう?」
 それについて聞こうと思ったが、以前に別の人形について振ったら、全く興味もない、判らない話を延々とされたのを思い出す。
 仕方なく東堂に助けでも求めようかと携帯を取り出したら、今度は写メを撮りたいのかと誤解された。小野田なりに背景に白い紙を当ててくれたり、話も色々してくれたのだが、趣味に関しては完全に相容れない、と言うことが判っただけだった。
「あー…、なんでもねぇ」
 仲良くなっとけ、と田所に言われたが、全く仲良くなれそうな共通点がない。自転車しかない。自転車以外にはなにもない。
 チラリともう一度横目で坂道を見る。さっきと全く変わらない顔で巻島を見ている。まるで飼い主に構ってもらいたい小型犬みたいに見えてきた。イヤ、飼ったことないけど。もう何と言うか、眼差しが強い。力を持っているというか、どれだけ巻島のことをカッコイイと思っているか、憧れているか、尊敬しているかを雄弁に語りかけてくるのだ。その威力に本人が吹き飛ばされてしまいそうだ。
 なんて目で見やがる。
 だからこそ負けたくない。
 後輩に実力で負けたくない。そう言う意味でもあるけれど、もっと言うなら先輩として格好悪い姿は見せたくない。彼からの押し寄せんばかりの敬意と好意が止んでしまわないように、自分はもっともっと上まで行かなければ。
 別に巻島にとっての後輩がいないわけではない。一つ下の世代だって巻島を十分慕ってくれる。だが、同じクライマーと言う存在はまた別だ。それだけで、坂道との関わりは他の後輩たちに比べて断然深いものになる。
 思えばここまでの数ヶ月で随分自分の意識が変わった気がする。
 同時に、もやもやするような、そわそわするような気持ちがある。この気持ちが何なのか追求したい自分がいる。だが、やめろともう一人の自分が囁いてもいる。
 いや、今はそんなもン、どーだっていいショ。
「勝負するか? 頂上まで」
 はい! と一際嬉しそうに笑って、さらにペダルを踏む速度が上がる。ぐんと笑み崩れた顔が近付く。こちらも負けてはいられない。巻島もペダルを踏み込む。
 斜度があがる。当然ここからはギアを軽くしてもペダルが重くなる。それでも自分たちの体を引っ張る重力を振り切るように、ペダルを漕ぐ足に力を入れる。
 巻島は車体を左右に大きく振った。ぐんと坂道を引き離す。だが、次のカーブで坂道が追いついてくる。引き離して、追いつかれて。抜かれて、引き離されてまた自分も追いつく。坂道の嬉しい、楽しい、と言う感情がむき出しになった顔に自分もつられて笑う。
 勝負は最後の二百メートルまでもつれ込んだ。二人でしゃかりきにペダルを踏む。足はすでに限界だ。何度走っても、何回登っても、クライムが楽になることなどない。だが、それは同時に毎回違う勝負をしていると言うことだ。例えチームメイトでも、大事な後輩でも、勝負は勝負。全力で挑むものだからだ。
 ――何となく、田所っちと鳴子の気持ちが判るっショ。
 頂上までほんの少しの距離なのに、目一杯回しているのに。それでもじりじりとしか近づいてこないような感覚がもどかしい。
 やたら思考だけがぐるぐるとする。
 スプリンターの田所と鳴子は、練習走行でも勝負をしている。チームワークを考えるべき所でも、どちらかが譲ることなどない。両者が走るときは、常に勝負だ。どちらかが負けても勝っても、飽きることなく限界まで勝負をし続ける。
 巻島と坂道も同じ気持ちだった。彼らよりはもう少し緩いだろうけれども。一緒に走って、勝負して。ずっとずっとそうやって走っていたい。
 ああ。最高だ。まったく、最高ショ。
 二つのタイヤが同時に、峰ヶ山頂上の標識脇を通過した。坂道の自転車がそのままよろよろとよろけて、道路脇の草むらに突っ込んでがしゃんと倒れた。
 巻島は苦笑いしながら自転車を立てて、坂道の様子を見に近づく。
 仰向けに倒れた坂道は、晴れ渡った空を見上げている。嬉しそうな顔しやがって。
「楽しいか? 小野田」
 汗だくで息を切らせてやっと起きあがった坂道は、ハイ、と笑って巻島の突き出した拳に、自分の拳をぶつけた。


――了
作品名:【弱ペダ】Peachy! 作家名:せんり