趣味の悪い男のはなし
イギリスの下着だけ身につけた格好というのはなかなか見られるものではないが、アメリカはその珍しさも目に入らず、ああ、イギリスだ、と思うだけで目尻にたまってまた一筋つうと流れる涙を彼の指が払ってもこれといった反応が返せない。
波がじんわりと引いていくみたいに体の熱が冷めていくのを、ただ呆然と待ちながらベッドに横たわっているだけだった。
「アメリカ」
声を掛けられて、ものすごく苦労して彼のほうに目を向けた。顔を向けることはできない。射精と一緒に背骨が引き抜かれたように、アメリカの体はいま、アメリカの意識の範疇にない。
じわじわにじみ出て止まる様子のない涙で半分溶けてしまっているだろう目が自分のほうに向けられたのを、イギリスは少し困ったような申し訳なさそうにじっと見つめて、「大丈夫か」と口にした。
大丈夫なもんか、と、口が利けたならアメリカはそう返しただろう。指先がまだ細かな快楽の名残にしびれている。終わってからもうしばらく経つというのに、一言だって喋れやしない。アメリカをそうしたのは誰あろうイギリスで、そのイギリスに「大丈夫か」なんて間違っても聞かれたくなかった。
イギリスは見上げてくるアメリカの目線に、アメリカの言いたいことを全て感じ取ったのか、「わるかった」と小さく謝罪した。
「風呂、いけそうか?」
バカなんじゃないかこの人。指の一本も動かせないようなこの有様を目の前にして、どうして風呂に入れるなんて思えるんだろう。
というか、いまだに全裸で体中を精液だとかその他もろもろでどろどろに汚したままベッドに横たわるこいびとを放って、自分だけシャワーを浴びてるなんて、最低だとアメリカは思う。
やっぱりイギリスはアメリカの目線だけでアメリカの思ったことを全て把握して、だよな、というため息をつく。
「後始末、するから、お前もう寝てろ。無理させて悪かった」
謝罪を重ねて、イギリスはアメリカの汗で張り付いた前髪をそっと指先でかきわけ、あらわになった額に唇を落とした。
その指先と唇があまりに優しくて、アメリカはそれまで心を占めていた彼への恨み言が全て消えて、いいよと言ってしまいそうな自分の安さに眩暈がした。
惚れた弱みとはよく言うが、これはあまりにも安すぎる。
けれどそもそも、イギリスが無体を働いた結果のこの有様であるのだが、途中でもうやめてという権利がアメリカになかったわけではなく、申し出さえすればイギリスはこれほど無茶をしたりはしなかったのだ。
限界を超えているという自覚はあったのに、彼にストップをかけなかったのはアメリカ自身で、一概にイギリスだけを責めるのは間違っている。
それでもイギリスだけが悪いという顔をして彼を責めるような目で睨みつけてしまうのは、セックスに夢中になってしまった自分を認めたくないアメリカのわがままだった。イギリスはきっとそれをわかっていて、でも、自分が悪かった、という顔でせっせと世話を焼いてくれる。
アメリカは彼のそんなところが嫌いで、同時に自分でも怖くなるくらい好きだった。
そして不安だった。
他の人にも同じようなことをするんだろうか。
それは概ね女の子を抱いた後にということだったけれど、ひょっとしたら自分以外にも男と寝たりしたときに、そして男役を彼がつとめたときに、今のアメリカと同じ立場にいる誰かに、こうしてかいがいしく世話を焼いたりするのだろうか。
後始末のためのお湯やタオルを取りに行くつもりなのだろう、ベッドから立ち上がろうとしたイギリスの、離れてゆく指先を、アメリカは体中の神経を総動員して動かした手で捕らえてシーツへ縫いとめた。
驚いたようにイギリスが振り返る。普段だったら大して力まずともりんごを握りつぶしたりできるアメリカだったが、今は全力で握ってもイギリスがすいと手を払えば振り落とされてしまうほどやわにしか握れない。
力の入らない指で、イギリスの骨ばった手の甲へ爪を立てる。
驚きに見開かれた緑色の目へ、もっとしてほしいことがあると訴えるようにアメリカは掴んだ手へ力を込める。
振り払われてしまうんじゃないかという不安や、他の誰かにも同じようにするのかという根拠のない疑念を、イギリスの戸惑うような目を見ることで追いやった。
限界を超えてめちゃくちゃに抱く相手がもし自分以外にいたとしても、イギリスは早晩振られてしまうに違いない。
睦みあったあと、不安になって震えている恋人のこころのうちにも気付かず、抱きしめてもくれない男なんて、自分以外には許容できるわけがないのだから。
作品名:趣味の悪い男のはなし 作家名:JING