妖精はティータイムがお好き【HARUCC19新刊サンプル】
すると今まで月の方を見上げていた瞳が、思いがけずふっとこちらを向いた。突然のことに隠れそびれたロイは、それとばっちり視線が合ってしまう。その瞬間、金の両目が零れ落ちそうに大きく見開かれる。
しまった――、これはやはり気付かれてはいけない類だっただろうか。しかしロイは視線に捉えられてしまったように、目を逸らすことができない。
「……げっ」
「――げ?」
神秘的な姿とは似使わしくない、色気のない声が聞こえたのは気のせいだろうか。
「え? えっ?」
あちらも驚いた様子だ。
しかし動けずにいるロイに対して、それはこちらを見つめたまま、すくりと立ち上がった。すらりとした綺麗な脚で桜の幹の上にしっかりと立つ。
それから翅を横に大きく広げると、何度か試すように上下に揺らしてみた後、足元を軽く蹴るようにして弾みをつけ、宙に舞った。身体は落下することなくふわりと浮かんだ。
恐らく初めてであろう翅を使った飛行は、見事に成功しているようだ。そしてベランダまでの 空間を一気に飛び越え、ロイの目の前までやってきた。
遠目に見えていたとおり、やはり自分より背は低く華奢な身体つきだ。全身が薄い金色の光に包まれたようにきらきら輝いている。最近読んだファンタジー小説に出てくるエルフってこんな感じだろうか。いやでも耳は尖っていないな……。
冷静なようで混乱しているロイの頭の中では、どんどんずれた方向に思考が進んでいく。
そんな思考を遮るように、目の前に浮かんだそれがずいと首を前に突き出してロイの顔を覗きこんできた。
ロイがぎょっとして後ずさりしようとした時、今まで煌々と照っていた月光がさっと翳り、辺りが暗くなった。
その瞬間――。
「うわっ!」
目の前で、ぱふんっと空気が爆ぜたような衝撃が起こり、ロイは煽られてよろけそうになる。 咄嗟に首を竦めて両腕で顔を庇う姿勢をとった。
暫くして風が静まった気配に、恐る恐る腕を下ろして顔を上げる。そして、ぽかんと一点を見つめたまま再び固まった。
先ほどまで目の前にいたのと同じ容姿……なのだが、違う何かがそこにいた。それがぱたぱたと翅をはためかせて浮かんでいるのが、ロイの目に映っていた。
「――ちっ……さくなった……?」
「……だあれが吹けば転がるようなミニマムサイズの豆粒ドちびかー!」
思わずぽろりと呟いた言葉に反応したらしい怒声に、驚いて目を見開くロイの前に浮かんでいたのは、背中に翅の生えた人間の少年……のように見える手のひらサイズの生き物だった。
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庭の桜の木の下に置かれた丸テーブルの縁から、ぴょこんと金色のアンテナが飛び出てきたのが視界に入った。
しかしロイは気付かぬふりで、手を止めずに作業を進める。
今日は庭で採れたハーブを使ってブレンドした、自家製のハーブティーを試すのだ。美味しく飲んでもらえるよう上手に入れたい。
まずは二つあるカップに湯を注ぐ。そうしてカップを温めている間に、先に温めておいた透明な硝子のティーポットへ、摘み取って洗っておいた何種類かのハーブを適量入れる。
そのまま三分ほど待って、ポットの中の湯の色が綺麗な薄いグリーンに染まったのを確認すると、カップに入っていたお湯を別の容器に移してよく水気を切る。
そしてポットを持ち上げると、カップに注ぐ前に目を閉じてもう少しだけ、時を待つ。
美味しく入りますように。そう心を籠める意味もある。
ロイが毎回これをやるのは、お茶を飲ませる相手が少し濃いめの方が好みだからだ。そしてその相手が現れるのを待つということでもある。
さてそろそろか、と目を開けるとそこには。
「ロイー、ハーブティーまだぁ?」
カップの向こう側から飛び出ている金色がいた。
両肘をカップの縁につき手に顎を乗せて上半身を凭れさせ、ソーサーの上に膝をついて足先をぷらぷらと上下させている金髪金目の少年だ。但し、大きさは手のひらサイズで、その背には透明な翅がぱたぱたとはためいている。
普通の人間であれば、お伽話にしか登場しないような存在が目の前に現れたら、まず目を疑うだろう。次には自分の頭を。
「やあ、エドワード。ちょうど今用意できたところだよ」
しかし、ロイにとってはまったく予想どおりのことだったので、驚く様子もなくにっこりと微笑んで返したのだった。
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作品名:妖精はティータイムがお好き【HARUCC19新刊サンプル】 作家名:はろ☆どき