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信仰ism

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「――ねえ。神様っていると思う?」
俺の小さな問いかけに、頑なだった黒い背中が、わずかに揺れた。
おもむろに半身を捩じって振り返った真木さんは、怪訝そうに眉を顰めていた。
「……何なんだ、唐突に」
柄じゃないとわかっていて口にした台詞。
不意打ちに成功した俺は、あくまで拗ねた風を装って、口を尖らせた。
「べっつにー。真木さんがさっさと仕事終わらせねーから、暇すぎて死にそうってだけで」
ごろりとベッドで仰向けに転がり、逆さに見上げて恨み言を口にする。
勝手に寝転んでいるベッドの持ち主は、困ったように溜め息を吐くと、椅子を引いて、ようやく正面から向かい合った。
「悪かった」
「思ってないくせに。そういうのは形のある誠意で見せてほしいね」
口では素っ気なく返すけど、本当は怒ってなんかない。
あっちだってそれがわかっているから、悪いとは思っていても、それが許されることだと考えている。
(ふざけんなっつーの)
真木さんがいつでも忙しい理由の大半は、あのクソジジイにある。
この人の世界そのものが、たぶん、大体そんな感じだ。
馬鹿みたいに単純で、だからこそ揺るがない。
その事実を前に、俺の感情は天秤の両端で、いつでもゆらゆらと定まらない。
「……まあ、神様なんてもんがいたとして、それが俺らに何かしてくれるわけでもねーしな。関係ないか」
自分で訊いたくせに、ひどい言い草だ。
でも、真木さんは呆れたように溜め息を吐いただけで、怒らなかった。
俺も、真木さんも、他の家族たちもみんな、祈るだけで救ってくれるような存在がこの世にいるわけがないことを、身をもって知っている。
確かなのは、あいつだけが俺たちを救ったのだという、ただそれだけのことだ。
ふいに、真木さんがぽつりと呟いた。
「いたらいいな、と思うことは、ある」
驚いた俺が目を丸くして顔を上げると、真木さんは小さく笑って、大きな掌で俺の頭をわしゃわしゃと撫でた。
「―――無性に何かに感謝をしたくなるとき、どうすればいいのかわからなくて、困る」
ごつごつした指先は、まるで気恥ずかしさを誤魔化すみたいに、少しだけ乱暴だ。
そのくせ、触れる温度が、言葉の外にあるものをうるさいくらいに伝えてくるものだから、胸が詰まって言葉が出てこない。
「そういうときだけ、神様がいればいいのにと思うよ」
掌が離れ、体温が遠ざかる。
俺はごろりと寝返りを打って、真木さんに背を向けた。
「……ばっかじゃねーの」
それだけ言い返すのがやっとだった。
真木さんが再びこちらに背を向けた気配を感じ、俺は息を吐く。
これでは当分、仕事の邪魔はできそうになかった。
作品名:信仰ism 作家名:あらた