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そこまで違和感はないだろうと入れ替えてみたら 別話

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霊園には桜が犇めいていて、その花弁が雪のように降ってくる。墓参りに訪れた者もコートやマフラーなどどこか冬を思わせる格好をしていたが、それでも春は確実に訪れているようだった。
―……何も応えない墓に何を願っている?
 葉風は死後を信じない。死人に口なしとはよく言ったもので、死者は何も語らないし何も思わない。死者のためというのは、死者にこじつけて満足したいだけの生者の自己満足だ。なので両親の、義弟の死後、葉風は自発的に墓地を訪れたことはないし、訪れて墓前で礼の姿勢を示しても、それは義弟を殺した犯人を見つけ出して殺すという決意の確認のようなものだった。だから墓前で祈る者の気持ちは理解出来ない、理にかなわないからだ。
 それを承知の上で愛花は葉風をよく墓参りに誘った。墓を放っておくと家族の死を悲しんでいないように見え、警察に疑われるというのが主な誘い文句で、連れ立って墓前に立つと愛花はそこで手を合わせ、決まって長らく葉風を待たせていた。
 ざ、と騒ぐ桜に思い出に浸っていた意識が引き戻される。
―……やはり私には場違いだな
そもそもこの霊園に来たのは気分転換の筈だった。血の繋がらない――彼女が懸想していた――義弟と、年下の親友が恋仲であったということはもう否定のしようがない、覆らない事実だと認めている。それに対する答えも出ている、が、その答えは両極端で、自身にしては珍しくどうしていいかが分からない、どうしたいかが分からない。そんな気分を変えたくて墓地まで足を運んでみたが、
――私はどう変わることを望んだ?
問題が増えただけである。これ以上、ここにいる意味はないということだけが分かり、踵を返したところで向うから来る人影に足が止まった。

 ザザザ、と一際強い風に、桜の枝が揺れる。
  年下の親友、間宮愛花がそこにいた。

「愛花、なぜ貴様がここにいる?」
 互いに驚いた表情でいたが、先に沈黙を破ったのは葉風だった。少し遅れて愛花が言い返す。
「いえ、それはこちらのセリフでしょう」
ろくに自分の家の墓参りもしなかったのになぜ他人の関係者しか眠らないこの霊園にいるのか、とその表情が言葉より雄弁に語る。まるで睨み合いだった。
「花見だ、他に意味はない」
――さて、貴様はなぜここにいる?
 睨み合っていても先へは進まない、先に折れたのは愛花だった。これ見よがしに溜息を吐いて、右手に持った袋をがさり、と揺らす。
「いい加減、マヒロ達は合流すべきです。なのに私達に気を遣ってか別行動のままになっているので」
さすがに悪いと思い手土産を持って愛花から葉風に会いに来たのだが、いざとなったら何から話せば良いか分からなくなり、間違っても葉風と会わないだろう霊園を歩きながら考えを纏めていたらしい。いくらか心の準備が必要なことがあるとも、愛花は言った。
「どうやってあの約束をうやむやにするかの算段か?」
「できればあれを忘れてくれていれば、良かったのですが」
 もちろん、そんな虫の良い話はない。
「真広にはなんて言ってきた?」
「言ったら止められそうなので、何も。もともとは私達の問題でしょう」
それにしても―――― よりによって、こんなところでいきなり会うなんて……
 愛花の言葉にふと記憶の隅に触れるものがある。
「……私も貴様も迂闊だな、どうしてここで会ってしまうと気付かなかったのか」
はあ、と今度は葉風が溜息を吐いて頭を押さえた。愛花はきょとん、と首を傾げている。
「『ハムレット』において妹の死後、その兄とその主人公は、墓地でばったり再開するではないか」
性別は逆であるが、事実にこの上なく似ているのだから仕方がない。仕方ない、と唇に笑みを刷く。
「約束だ、吉野の彼女のことを聞かせろ。
  ――――ついでに貴様の彼氏のことも」
振り返れば、愛花は少し驚いた表情をしていた。
「話す手間は変わらないのだろう?」
 柔らかい風が桜の枝を躍らせ、花弁が舞い降る。一時おいて、愛花はその表情を穏やかなものにした。

「そうですね、全く変わりません」