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鈴の音

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四月の空に、雪が降った。

 近頃の気候では、あり得ない話ではない。桜はもう散りかけているというのに、固い空気は緩むそぶりを見せない。僕らは暖房の無い狭い部屋で、息をひそめて窓外を眺めていた。
 ユキはアーモンド型の瞳を輝かせ、無邪気に雪を見つめている。ちらちらと流れていく雪の結晶を眼で追うたび、胸元の鈴が澄んだ音を響かせる。僕は無心でその音に聞き耳を立てている。

 ユキは僕の飼い猫だ。
 今日みたいな寒い日に、ユキは公園の隅で縮こまっていた。一人暮らしで寂しかった僕には温もりが必要だった。雨に濡れそぼって震えるユキも同様だった。それが僕らの共同生活の始まり。
 ユキがくしゃみをした。桜の花弁が地面に触れるような、ささやかで可愛らしいくしゃみだ。僕は毛布を持って彼女のそばに寄り添う。剥き出しの白い肩に、彼女の甘い匂いが染みた毛布をかぶせた。彼女は振り向いて、ありがとう、と微笑んだ。雪のような、溶けて消えそうな顔色をしていた。

 ハジメはあたしの飼い主だ。
 人一倍寒がりなあたしに、ハジメは温もりを与えてくれた。
 あたしは気付いたら知らない公園に放り出されていて、ただ寒くてぷるぷる震えていた。当然だ、真冬なのに何も着ていなかったのだから。夜の公園には人気がなくて、あたしはどうしていいかもわからなかった。あたしはおばかさんのようだ。
 「ユキ?」
 声がした。あたしは声の主を見上げた。知らない人だった。おかしいな、忘れてしまったのかしら。
 「ユキ……見つけた……」
 男の人だ。寒いのに、華奢な体つきが見えるほど薄着。彼は傘を放り出し、あたしの肩を抱いた。温かい!男の人から沁み出してくる温もりが、あたしの脳髄をとろけさせる。何も考えられない。
 「また、一緒に暮らそう」
 涙を浮かべた彼の顔がくしゃくしゃになっていたのを、今でもよく思い出せる。

 ユキ、とは猫の名前だった。
 ハジメはあたしとその猫を勘違いしているようだ、と気付くのに時間はかからなかった。部屋の一角は、美しい毛並みを持った白い猫の写真で埋め尽くされていた。見上げる猫、伸びをする猫、遊ぶ猫、丸まる猫、彼の細い足の上で、気持ち良さそうに目を細める猫。
 ハジメはあたしに笑いかけてくれる。細い指であたしの髪を梳いてくれる。優しいその目が、あたしを通り越してあの子に向いていてもかまわない。あたしは無邪気を装って、彼についばむようなキスをする。
 あたしは猫。猫のユキ。
 愛してくれるハジメのところしか、あたしに居場所はないの。
 ハジメが望むなら、今日も首輪をちりちり鳴らすよ。

作品名:鈴の音 作家名:幾田宴