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【青エク】(サンプル) COME SEE ME

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Come See Me



 Come See Me


 ――神父さん。
 だが、藤本獅郎は雪男の呼びかけには応えなかった。ただ、雪男がよく知っている人を食ったような笑みを浮かべて微笑むだけだ。
 言いたいことがあるのに。問い質したいことも、文句を言いたいことも、たくさんたくさんあるのに。いや、それよりも何よりも、話を聞いて貰いたい。相談とも愚痴とも判らない、とりとめのない話をして。養父はきっと苦笑いしながらしょーがねーなとか、真面目すぎんだよ、なんて言うのだろう。そして、彼のお馴染みのふざけた言葉に、少し怒って。
 いや、そこまでは望まない。
 だから、せめて。自分が進むべき方向に向かって、ちゃんと頑張れてるか。間違っていないか。それだけ知りたい。だから、たった一度で良いから。僕を見て答えてほしい。
 神父さん……!
 踵を返して遠ざかっていく獅郎に、待ってよ、と我侭を言う子供のように怒鳴る。
 自分の声で目が覚めた。
 まだ朝には遠い。真っ暗な寮の寝床で、雪男は夢がもたらした怒りと寂しさが体の中をぐるぐると駆け巡っているのを感じていた。なんであんな夢……。
「どした……?」
 隣に寝ていた燐が寝惚けたような声で、ぱたぱたと雪男の胸の真ん中を軽く叩いた。珍しく兄さんからちょっかいをかけてきたので、吝かでもなかった雪男は存分に彼の期待に応えた。そのまま燐が雪男の寝床の半分を占拠している。
 大きな欠伸をしたと思うと、もぞもぞと雪男の脇の下に頭を押し込むように身体を寄せてくる。何が良いのだかさっぱり理解できないけれど、時々雪男の脇の下に挟まって寝たいらしい。どうせ凄い寝相であさっての方向を向くくせに、寝入る寸前のうとうとしている間はそこが落ち着くのだという。その姿勢が腹立たしい時は、わざと頭を締め付けてやるのだが。今はむしろもっと傍に居て欲しかった。
 兄の身体を引き寄せようと腕を動かした途端に、燐の腕がどしん、と胸の上に振り下ろされた。肘が狙ったように鳩尾に当たって、一瞬ホンキで息が詰まる。
「いっ……て……」
 思考が途切れたせいか夢を引きずった荒んだ気分が、どこかに飛んでいった。
   なに言ってんだか。
 雪男は溜め息を吐く。
 ぐぅ、と燐のいびきが聞こえる。体のすぐ近くに燐の体温と、規則正しく息をする気配を感じる。それだけでほっとした。
「覚えとけ」
 泣かしてやるから。雪男は燐の鼻を抓んだ。



「な……んだ、これ……」
 部屋に一歩足を踏み入れた所で、燐は足を止めた。進みたくても進めないのだ。上がり口にでん、と大きな動物の頭が乗っている。まるで首が床から生えたように鼻が天井を向いて、頭部の左右から、顔の何倍もある平べったい大きな角生えている。そこからさらに何かを掴もうとする指のような角が更に突き出ていた。真っ黒だが虚ろな目のクセに、物言いたげに燐たちを見つめてくる。
 散歩帰りに合流したクロが燐の頭の上で文字通り飛び上がって驚いて、『なんだ、こいつ。なんだ、こいつ』と警戒心を剥き出しに全身の毛を逆立てて唸っている。えっと、クロ、爪痛い。
「ああ、兄さん。お帰り」
 資料なのかなんなのか、とにかく山のような紙の束をひっくり返していた雪男が声をかけてくる。
「お帰り、じゃねーよ。ヘーゼンとしやがって。なんだこれ」
「ああ、ヘラジカの剥製。ってもレプリカだけどね」
 雪男の当然だと言わんばかりの態度に、燐はなんだか慌てているのがバカバカしく思えてきた。
「ヘラのハクションプリン……?」
『ぷりん!? おれもたべる!』
 クロが興奮して、ぶんぶんと振った尻尾が頬を叩いた。一方の雪男は呆れた溜め息を吐く。どうやら俺が盛大に聞き間違いをしたらしい。いいからとにかく部屋に入りなよ、と手招く。
「入れっつったってさ」
 シュラとの特訓が終わって帰ってきたところだ。もちろん一刻でも早く部屋に入りたい。制服だって脱ぎたいし、腹が減ってるから早く晩飯の用意もしたい。けれど、進路を阻むようにある大きな頭が、いや、正確には左右に広がった角がやたら邪魔なのだ。
「どうやって運んできたんだよ、これ」
 結構重いだろうと見当をつける。体力宇宙なんて言われるけれど、重さを感じないわけじゃない。これ以上は無理、って言う限界が人より重めってだけだ。
「フェレス卿が急にそこの扉をあけて……」
 ぽいっと部屋に放り込んでくれたらしい。あのピエロめ。苛立ちに尻尾が床をしたん、したんと叩いた。
「任務だから」
 俺の苛立ちを判るよ、と言いたげに呟く。弟の方が自分よりも苦労が多いだろう。疲れたオッサンみたいな顔をしている雪男を笑わせてやりたくなる。上手く行かないことも多いが、疲れていたり、不機嫌な顔をされるのはこっちも嫌だ。
「任務にどうやって使うんだよ? かぶるとか?」
「そんなワケないでしょ」
 雪男は弱々しくだが、ふは、と吹きだす。今日はまだ上手く行った方だ。ひどい時は笑うどころか怒り出す。クロがそろりと燐から降りて、頭の周りを胡散臭げにぐるぐるとする。燐は上がり口で靴を脱ぐと、枝のように伸びた角に引っかからないように、壁にぴたりと背をつけてカニのように歩いてやっと室内に入った。
『りん! こいつからっぽだぞ』
 クロがふんふん、と臭いを嗅いで動かないと安心したのか、たし、と首の辺りを前足で触った。