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ゴトリ。
 固いものが床にぶつかる音がして、ロイの意識は急激に覚醒した。
 いつゲリラに襲われるとも知れぬ戦場に身をおいたことのある体は、たとえ寝ていても物音に敏感に反応してしまう。
 しかし目を開いた先に映る白い背中とその右肩を覆う無骨な鋼に警戒を緩めた。

(そういえば昨日は泊まっていったんだったな)

 東部に滞在中エドワードが家に来ることはさして珍しくないが、泊まっていくことは滅多にない。たった一人の弟に対する過分な負い目がそうさせるのだろう。
 しかし昨晩は3ヶ月ぶりの逢瀬で少し我慢がきかなかった。
 嫌だのもう無理だのという言葉は耳を素通りして本能のままになんというか…、まあ要ははりきりすぎて気絶させてしまったのだ。
 くどいようだが、たった一人の肉親を自分の命より大事にしているエドワードはアルフォンスに心配をかけるのをとても嫌がる。無断外泊なんてもっての他だ。あってはならないことだ。
 それが分かっているからこそ弟君には昨日のうちに適当な理由をでっちあげて連絡をいれてある。自分の家に泊まらせるから心配するなと。
 だから決して無断外泊などではないのだが、無断外泊させられた、弟に心配をかけたと思いこんでいるエドワードは、目を覚ましたら死ぬほど怒るだろう。問答無用で2、3発は覚悟しておかなければならない。
 次の瞬間にも鋼の腕を振りあげて、文字どおり叩き起こされるのではと、ロイは薄目を開けて裸の背中を見守る。けれど一向に振り向く気配はない。
 エドワードは極力音を立てないようにそろそろと床に落ちたロイのシャツを拾い上げる。

(時間も時間だし、気を遣っているのか…)

 今は夜と朝の狭間の時間。カーテンの外はぼんやりと青く光っているだけで、人が起き出すにはまだ早い。
 エドワードは拾ったシャツを軽くはおると、ボタンに手をかけてごそごそしていたがすぐに諦めた。機械鎧の右手では小さなボタンはとめられないのだろう。
 ロイの長いシャツの裾からエドワードの白い足がすらりと伸びている。ロイのところからは後ろ姿しか見えないが、前から見ればさぞいやらしくて可愛らしい格好なのだろう。
 その格好でエドワードは物音を立てないように床に散らばった服をかき集め、サカったロイが取り上げて床に捨てた本を拾う。それらを軽くはたいてトランクに詰めると、代わりに着替えを取り出してイスにかけた。
 そこでふとロイの方を振り返る。シャツの前を片手でぎゅっと引き合わせる恥じらいがかえっていやらしい。思わず笑みが漏れそうになるが、笑えばたぬき寝入りがばれてしまうと必死で堪える。
 けれどそんな心配などしなくても、淡い青の闇ではロイが薄目を開けて見ていることも分からないだろう。エドワードが細く息を吐く。
 その姿にロイはドキリとした。
 白いシャツに解けた金髪がゆったりとかかり、ほのかな青い光を弾いて微かに輝いている。
 闇に浮かぶその姿はまるで現実味がなかった。
 目の前の愛しい子供がそのまま溶けて消えてしまうような錯覚に駆られて、ロイは思わずその名を呼びそうになる。しかしその声は、ロイのシャツがエドワードの肩をスルリと滑り落ちる光景を前に飲み込まれた。
 露わになる昨夜の情交の痕が花のように赤い。
「………」
 起き出したときの一糸纏わぬ姿に戻って、エドワードはベッドに歩み寄った。機械鎧が床にあたって立てるゴトリという音を、なるべく立てないようにゆっくりと。
「………」
 ロイの目の前についた鋼の腕がベッドをかすかにきしませる。
 覗き込まれ、無意識に息をつめて瞼を閉じたロイの額にやわらかな感触が触れた。何度も交わした激しい口付けではなく、触れるだけの優しいそれを落として、エドワードが少し笑った気がした。
 静かに離れて行く慈愛の仕草を、再びロイは薄く瞼を開いて追う。このまま消えてしまうのではないかという恐怖が一瞬で胸を凍らせる。
 しかしエドワードはロイの傍らに腰掛けると、静かに体を横たえた。夜中に母親のベッドに潜り込む子供のように。
 ごそごそと体勢を整え、すっかり昨夜と同じ位置に収まるとまた小さく息を吐き出す。
 ロイが目を覚ましていないか確認するような上目遣いがどうしようもなく可愛い。
 ロイが寝たふりを決め込んでいると、エドワードはぎゅっとロイの肩口に額を押しつけ腕にすがりついてきた。甘えた仕草に胸がいっぱいになる。
 抱き寄せて額や頬にキスしてやりたい衝動に駆られるけれど、起きていることを知ったらすぐに離れてしまうだろう。
 だからただじっと噛みしめる。今だけは自分一人のもののように腕にすがりつく愛しい少年の存在を。
 腕に伝わる鼓動が自分のものより少し早くて、体温もほんの少し高くて、そのことにひどく安堵する臆病な自分がいた。
 作り物めいた綺麗な肢体。ふいに幻のようにも見えるその存在が、確かに実在するのだと脈打つリズムが愛しくて辛い。
 このまま時が止まってしまえばいいのにと、月並みな願いをあざ笑うかのようにカーテンの端が赤く染まる。
 もうすぐ青い闇は去り朝焼けが部屋を染めるだろう。
 そうして夜が明ければ少年は旅立つ。自分には決して手の届かない宿命に殉じるように。
 それを今更ながらに悲しいとロイは感じた。
 縋れない物わかりの良さなら捨ててしまえと思うのに。
 応えられない苦しさを痛いほど知っているから、行かないでくれとは決して言えない。
 別れはただ淡々と、縋りつく余地も迷いも与えないよう。
 自分が眠っている間に旅立ちの支度を終え、眠っている間だけ縋りついて甘えるこの子の優しさが、ロイとの関係を支えている。
 カーテンの隙間から差し込む赤い光がエドワードの髪を染め、床に暗い影を落とした。その光もすぐにやわらぎ、間もなく朝が訪れるだろう。
 その僅かな時間の充足を精一杯享受しようとする、およそ子供らしくない達観がロイの心をかきむしる。
 眠りは遠く、安寧は望まない。
 起こさないように顰められた呼吸を聞きながら、ロイはじっと夜明けを睨んだ。


作品名: 作家名:紅城なぎ