紅と桜
雨泉 洋悠
私、矢澤にこは、いま気になっている事がある。
窓の外から静かに耳に届く、降り落ちる、天の滴の音。
その音をBGMに従えて、私の眼の前で、揺れる赤髪の房。初めて間近に見る、その大人っぽさの中にも、歳相応だろう幼さを残す、整った顔立ち。
胸元のリボンの色は、やっぱり青。まあ、当然だ、赤や緑だったら、この私がこんな子を、見逃している筈がない。
そこに居る、その存在感のみで、既に私の視線を惹き付けて、離さない。
綺麗
私の頭に浮かぶ言葉は、今はただ、それだけ。
「これでよしと」
特徴的な、抑揚の抑えられた、流れるような言葉が、私の心へと引き落ちる。
ああ、良いな、声まで。
「気を付けてね、女の子なんだから、顔に傷が残ったりしたら、可愛い顔が台無しよ」
そう言って、鼻の頭に触れた指は、意外な程に低い体温、しなやかに伝わる僅かな感触の、奥の底の方にだけ、微かに感じる、暖かさ。
ずるい、その顔でそんな事言われたら、今すべき反応を、すっかり忘れてしまいそうになるじゃないの。
私の頬は、自然と膨らむ。
もう、こんな時まで子供扱いされるのは、少しだけ胸の奥がざわつく。
むくれて、その、私を真っ直ぐに見てくる高貴な色の瞳を睨み返す。
ふんっ、子供扱いして。
不意に、その高貴な瞳が緩む、紅色に染めた頬で、微笑んで、私の、今度は頬に、そのしなやかな指を触れる。
少しだけ、先程よりも、増して伝わる、彼女の体温。
「ふふっ、か…」
あぁ、これはまずい、舞い落ちる、花びら
「にこ、上級生なんだけど?」
私は何とかいつもの自分に立ち直して、精一杯の威厳を救い上げて、彼女に告げる。
さすがにまだまだ、その瞳に対して、歳相応でいたい。
なのに、彼女ときたら。
みるみるうちに、紅色を増す彼女の頬。
あ、その真っ赤なほっぺたをこっちに向けて、横向いちゃった。
赤色の房をしなやかなその指でしきりに弄りながら、その瞳を閉じてしまう。
「き、気を付けなさいよねっ!」
そう言って、私から離れ、部室の入口の方に戻る。
ああ、耳まで真っ赤。
そう言うのずるいなあ、最初に、天然に、本当の自分の方を先に、無防備に晒してくるなんて、反則過ぎるでしょ。
少しずつ、過ぎて行く時間の中で、ひらひらと蝶のように、私の心に舞い積もっていく花びら、最初のひとひら、そして、もうひとひら。
私は、この部室で何度も、一人で観てきたこの空間を包む音の主を窓の外に確認し、見慣れたいつもの部室の備品達を眺める。
私が、今日までの間に、この学校でたった一つだけ、護り通せたもの。
この二年間を、一緒に歩いて来た証達、最後に視界に入れる、華やかな箱。
みんな、私の大切な、心の足跡。
何とか気を取り直した私の、視界に漏れ入る、その頬を染める紅色を、戻した彼女。
その彼女も含めて六人。この部屋の中を見回しながら、感嘆の表情をした、下級生達。
そんな、感心の表情をしてくれたって、ダメなんだから!
私はまだまだ、貴女達なんかぜんっぜん、認めてなんかいないんだからね!
次回
そこのツリ目のあんた!屋上!