紅と桜~ことほのうみ~
雨泉 洋悠
「海未ちゃん、何時から気付いてたの?」
私の眼を真剣な眼差しで、じっと見詰めてくることり。
ことりの真面目さが伝わってきます、私も誠実に答えなければなりません。
何時から、そうですね何時から自覚したでしょうか、幼少期、幼きあの日に二人に手を惹かれてから私はその想いをいつも胸に。
「海未ちゃん?」
ことりが不思議そうに首を傾げます、見慣れた仕草ですが、何時見てもその愛らしさは私を惹き付けます。
あの日と同じ様に、私とことりの間には穂乃果が居ます。
あの日と違い、穂乃果のお父様特性のお饅頭を口に運びながら、唐突に始まった私とことりの会話を前に、両方の表情を交互に見ています。
そんな仕草の中にもまた、幼き日の穂乃果は変わらずに息づいていて、その愛らしさもまた、今も変わりません。
「そうですね、やはり始めからでしょうか」
心に浮かんだ私の大切な風景を反芻しながら、ことりの真摯な眼差しに対して、こちらも自らの心の真実を語ります。
私とことりの前には、お互いの使い慣れたノート。
穂乃果のあの日の提案を受けて考え始めたものの、新しい曲の歌詞と衣装・振り付けのアイデアが完全には固まりきらず、そのまま三人で穂乃果の家で、学校が終わった後も新曲検討会です。
もちろん、穂乃果の家で私達が集まることは、いつもと変わりませんが。
そんな作業も滞り始めていた頃、ことりが唐突に話を始めたのです。
ことりがにことまきの振り付けをどうしようか考えていると、私と穂乃果にまず漏らしました。
「あの二人には、もう少し二人の仲の良さをアピールするような振りを、今回は入れても良いかもしれませんね」
そう、私は先程そう答えたのです。
仲の良さ、そうですね、私と穂乃果とことりはあの日からずっと変わらずに、今も仲の良いままに、お互いを大切に想い合えていると思います。
先程の答えを聞いた際の、ことりの少し驚きの混じった、私を讃える色を宿した瞳を思うと数瞬前の事ながらも、今この瞬間にも再度胸が高鳴ります。
「始めから……やっぱり海未ちゃんは鋭いね。あの日の二人の雰囲気には何か感じるものがあったよね」
はい、正に穂乃果とことりの二人に私は感じさせられたのです、この世界の素晴らしさを。
「ことりちゃん、二人ってーにこ先輩と真姫ちゃんの事?」
何を言っているのです穂乃果、この話の流れでどこからにこ先輩と真姫が出てくるのですか?
一体全体どうしたのですか穂乃果、やはり真姫と何かあったと、もしくはにこ先輩!
「そうだよ、仲良いよね。っていう話をしていたの」
何を言っているのです、ことり!まさかことりまで、二人に!
私の表情は、驚愕と不安に満ちていたと思います。
幸か不幸か、穂乃果とことりの二人は、向き合っていて私の方を今は見ていません。
そんな横顔も、子供の頃からの幼さを残した二人、まるで天使の様です。
「そっかーことりちゃんいきなり真剣な表情になるからいきなり話が変わっちゃったのかと思ったよー」
はっ!そうでした、今はにこと真姫の振り付けをどうするかの話でしたね。
解っていましたよ、もちろん。
「穂乃果、ちゃんと話は聞いていないと駄目ですよ、穂乃果の意見が時に、私やことりの考え事を解決に導いてくれるのですから」
そうなのです、穂乃果は時に私やことりが気付かないような、重大な事を指摘することがあるのです。
そこがまた穂乃果の持つ独自の魅力で、私はとても大切に思っているのです。
「ごめーん、今日のお父さんのお饅頭いつもよりも出来が良くて、いつも以上に美味しく感じちゃって飽きてることも忘れちゃった」
そう、何だかんだと言いつつも穂乃果は穂乃果のお父様の創るお菓子が、大好きなのですよね。
そんなやり取りをする私達を見て、ことりがいつもの様に微笑むのです。
10年以上の時間を越えて、変わること無くきっとこれからもずっと続く、私と穂乃果とことりの日常です。
「ことり、ことり自身は今、二人の振り付けをどうしたら良いと思っているのですか?」
あの二人の仲は、今はまだいつも一緒に居る私達だけが、微かに感じる程度でしょう。
しかし、まがりなりにも歌詞を任され、真姫と共に曲作りをさせて頂いている私には伝わって来ます。
言葉だけでなく、音もまた心を強く写します。
完成したものは今のところ殆ど無くとも、私が歌で二人に、ミューズの皆に伝えたいことがあるのと同じように、真姫の創り出す音からも充分に感じ取れます。
本当の最初期は、特に最初の曲などは、私達三人、何よりも真姫が導かれた相手の事を考えて事が充分に伝わりました。
そこに込められた真姫の気持ちが、私と同じ所を向きつつも、伝えたいものが私と違ったのは幸いでした。
ことりもまた、一緒に衣装と振り付けで曲を完成させる役割を担っていますから、きっとなにか感じ入るものがあったのでしょう。
ことりの事ですから、多分自分の中である程度の答えは出しているのでしょう。
そこに私と穂乃果が、その手を引っ張る役目を引き受けるのが私達三人の、長い時間で紡いできた、また一つの重要な形です。
「うん、私はやっぱり、にこ先輩はカッコよくって言っていたけど、真姫ちゃんが創るあの曲の中にいるにこ先輩は、可愛く居て欲しい」
そうですね、やはりことりはちゃんと答えを出していました。
ことりが迷った時には、私か穂乃果が、その手を引っ張ってあげれば良いのです。
「そうですね、私もそれが良いと思います。真姫の想いも、私達がちゃんと受け止めてあげなければいけません」
そう言うと、穂乃果がそこに言葉を重ねるのです。
「そうだよね!真姫ちゃんてば、にこ先輩のことだーいすきだもんね」
穂乃果は、どこまで本気で解っていて、今この時に、この言葉を言えてしまうのでしょう。
きっと、解ってはいないのでしょうね。解ってしまう穂乃果であったなら、真姫とにこ先輩の二人の気持ちが解ってしまう穂乃果だったら、真姫もにこ先輩も導かれることはなかったのでしょう。
そして、私もことりも。
それでも、私が少しだけ不安を覚えてしまうのは、私と穂乃果とことりの三人が持てたような、有り余るだけの時間と日々を、あの二人は決して十分には与えられていないことでしょうか。
それでも、私達が余り事を急ぐようなことをすれば、きっとあの二人には逆効果でしょう。
今はまだ、出来る事は少なくとも、いつかたどり着ける二人の場所のために、その瞬間その瞬間で、私達は精一杯の出来る事をやりましょう。
にこ先輩と、真姫、二人をこれからも支えていくのは、私達仲間、ミューズのメンバー全員なのですから。
「では、明日までに私とことりは歌詞と衣装と振り付けを形にしましょう!穂乃果!今日はもしかしたら泊まりこみになるかもしれませんよ!」
こんな突然の言葉にも、ことりは微笑みながら言います。
「うんっ頑張ろうね!」
そして、、穂乃果もまた笑って答えてくれるのです。
「了解だよ!大歓迎だよー!」
次回
あの日
作品名:紅と桜~ことほのうみ~ 作家名:雨泉洋悠