デキちゃいました!?
一応は友人を心配して多少なりともやきもきしていた新羅の所へ臨也が顔を出したのは、次の日の事だった。
玄関の扉を開けると、先日よりも随分と顔色の良い臨也の姿があった。
「臨也…良かった、体調良さそうだね?」
「お陰様でね」
軽く肩を竦めて笑う臨也を迎え入れ、扉を閉めようとドアノブを引く…が、扉はなぜかびくとも動かない。
あれ? と新羅が視線を上げると、扉は指で押さえられている。
更に視線を上げると、そこにもう一人の友人の顔。
二人の関係を知ったとは言え、喧嘩もせずに仲良く二人でいる姿を目の当たりにすると矢張り驚きは隠せないらしく、新羅は静雄を見上げてポカンと口を半開きにさせる。
鼻先にズリ落ちた眼鏡を直す新羅を静雄は不機嫌そうに見下ろした。
「…ンだよ、その顔」
「…や、やあ、静雄…いらっしゃい」
「俺とシズちゃんが仲良く新羅を訪問するなんて、今までなかったもんねえ」
慌てて取り繕う新羅に臨也が笑う。
その臨也に続いて静雄と新羅も部屋の奥へと足を進める。
広いリビングで出迎えてくれたのは、ヘルメットを取っても相変わらずライダースーツのままのセルティだった。
首から上のないセルティを見ても、臨也も静雄も既に驚く事はない。
首なしライダー、デュラハンが現実に存在している世の中だ、男が妊娠したって可笑しくないのかも知れないと、臨也は一人小さく笑い、静雄は諦観したような嘆息を吐いた。
改めて検査をするからと、新羅の部屋に入って行った新羅と臨也。
その部屋から一足先に出てきたのは臨也だった。
検査の結果が出るまでの間、静雄と臨也はセルティの淹れてくれたお茶を飲みながら、三人で待つ事になった。
臨也のためなのか今日は煙草を控えているらしい静雄はときおり足を揺すったり、手が口許を触ったり、そして新羅の部屋の方を見たりと落ち着かない。
臨也はのんびりとお茶を啜りながら、落ち着かない静雄を笑いながらなだめる。
この二人が喧嘩もせずに話をして、時々笑い合う。
そんな様子にセルティは心の中で微笑ましく思う。
自分と新羅に子供が出来る事があるのかは知らないけれど、もしも出来たのならこんな風になるのだろうか。
そう思うと、少し静雄と臨也が羨ましくも思う。
いつか二人のような幸せな時間が訪れるといいとセルティが穏やかに思い、二人を眺めていた静かな部屋の中。
新羅の部屋のドアが静かに開いた。
開いたドアの向こうには、なぜか暗い顔をした新羅が立っている。
『新羅? どうした?』
「…臨也、静雄…、二人共どうか落ち着いて聞いて欲しい」
いつになく真面目で、しかも暗い顔をしている新羅。
嫌な予感がした。
新羅以外の三人に、同じ不安が襲う。
…まさか。
身体には特に何も異変はなかったのに、と臨也は青くなった。
三人が息を呑んで新羅の言葉を待つ。
「…前の検査の時は確かにそう言う結果が出ていたんだよ。これは僕の名誉のためじゃなく、本当なんだ。…けど…何と言うか…、今日の検査ではまた違うと言うか…」
「……何が言いたいの、新羅」
「…ウゼェな、はっきり言え」
「…だから、臨也の身体は正常、なんだ…」
新羅の言葉に、三人が三人とも同じように首を傾げた。
それはつまり、正常に普通に至って健康に妊娠中、と言う事なのか。
だったらなぜこんなに暗い、と言うか後ろめたそうな顔を新羅がするのかが解らない。
恐らく臨也も静雄もセルティも、同じ事を思った。
そんな三人を見て、新羅は思い切り作り笑いを浮かべて見せる。
「だから、臨也は正常! 普通! 至って健康! …つまり…、…妊娠なんかしてない…って事…で、…あはは…」
「「『……………は?』」」
静雄と臨也は声を揃えて、セルティはPADに打ち込んで、同じタイミングで新羅に向ける。
しばらく静まり返る室内。
最初に動いたのは、静雄だった。
「……つまり何だ…手前は俺らを騙したって事か、新羅…?」
「違う! 断じて違う! 騙したんじゃなくて、検査結果が変わったんだよ。本当に前はそう言う結果が出てたんだってば!」
「…そりゃ手前が何か見間違えてたんじゃねえのか、あァ? 腹ん中にいたモンがいきなり消えてなくなるか!」
「いや、そもそも男の腹に子供が出来るって方が有り得なぐおぉぉぉぉ苦しい苦しいホントに苦しいってば静雄…ッ!」
新羅の胸倉を静雄が掴み上げる。
新羅の爪先は数センチ床から浮いている。
さすがの展開にセルティすら静雄を止める事が出来ずにいた。
「と…ッとにかく! デキてはいなかったけど静雄と臨也がデキたのは良かったじゃないか…って事じゃ駄目?」
静雄の手に浮かされた新羅は、息苦しそうにジタバタともがきながら必死に笑顔で取り繕う。
そんな新羅に、臨也の冷たい一言が返った。
「……シズちゃん、殺っちゃって」
たった1日や2日の事とは言え、あんなに悩んだ時間は何だったんだろう。
しかし今日のこの身体の普通さが、新羅の言葉を裏付けている。
臨也は力なく床にしゃがみ込む。
その横では静雄が新羅の首を絞めていた。
セルティはそれを止めようと必死だ。
馬鹿馬鹿しさに笑いが洩れて、臨也は一人で力なく笑った。
「期待させやがって、このクソ闇医者!」と叫ぶ静雄の声が嬉しかったりもして、また笑えた。
「…まあ取り合えず…新羅の言った通りで良いか」
自分のの身体は何も変わってない。
ただ自分と静雄の関係が、少し変わっただけの事。
二人の子供が見られない事は残念ではあるけれど結果的に良かった事にしようと呟いた臨也の声は、まだ大声を上げて暴れる静雄と絶叫する新羅の声に掻き消された。
…結果良ければ全て良し…?
...end
作品名:デキちゃいました!? 作家名:瑞樹