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ある日の二人

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 バイトが終わりアパートに帰ってみれば、普段と違う家の様子に花宮は特徴的な眉を顰める。自分が一人で住んでいるはずの部屋に、人の居る気配がする。
 鍵を回して扉を開いてすぐ、玄関には見慣れた他人の靴があった。
 なぜ、ここに。
「お、花宮おかえり。飯、出来とるけどすぐに食うか?」
 ジャーという流水音と共にトイレから出てきた男に、口元を引き攣らせる。
 今吉翔一。律儀に揃えて置かれている靴の持ち主。中学時代の先輩だった男が、何の縁か同じ大学に通っており、さらに深い中になってしまうのだから、人生何が起こるかわからない。
 ため息を漏らして家に上がる。
「てか、何で居るんですか? 鍵掛かってましたよね、完全に不法侵入ですよ」
 花宮も自分の靴を脱いで並べる。
「ん、こないだ来たときに鍵を拝借してん」
 ただの泥棒じゃねぇか。
 気づかなかったことを棚に上げて花宮は毒づく。
 1Kの狭い部屋の小さなテーブルには、既に出来上がった料理が並んでいる。
「愛情いっぱい込めて作ってん。たーんと食べてや」
 ニコニコと笑顔で言い放つ今吉に、花宮の表情金はとうとう痙攣し始めた。
「何が愛情だよ。嫌がらせしかねぇだろ!」
「敬語なくなっとんで」
 机に並ぶのは花宮の嫌いな食べ物ばかりだった。好き嫌いが多いわけではない上に、嫌いなものそうお目に掛かることのないものだ。
 しかし、それらが目の前に並んでいるということは、今吉がわざわざ食材を買い漁り、調理したというのだ。
 花宮が荷物を置いてテーブルの前に座れば、それだけで食べる合図になった。今吉が手を洗ってご飯をよそっている。食べることを拒否したところで、腹が減っているのに目の前で今吉だけ食事をしている状況が癪だった。
「「いただきます」」
 今吉が用意した料理は嫌いなだけで、食べられないことはない。無理矢理おかずを押し込み、ご飯で味を流す。最初以外、嫌そうな顔を押し込んで涼しい顔をしていれば、食事後に今吉は不満そうな顔をする。
「せっかく頑張って作ったのに、もっと嫌がってくれんと」
「やっぱ嫌がらせじゃねぇか……」
「いやん、そんなことないって」
 かわいこぶって誤魔化す今吉に舌打ちをする。これ以上、相手にしていても仕方ない。
 食休みもし、脱衣所へ向かうと洗濯機の中に自分のものでない服が入れられていることに気づく。
 なんだ、これは。そう思う前に犯人は分かる。
「なに勝手に洗濯機に入れてるんですか!」
「ついでに洗ってや」
 声を張り上げて言えば、てこてこと今吉が寄ってくる。
「家帰って洗濯してください」
「えー、いいやん。減るもんやないし」
「減ります。俺の水道と洗剤が減ります」
 近寄ってくる今吉を無視して洗濯機の中身とにらめっこをする花宮。
 今ここで今吉の服を取り出したところで、花宮が風呂に入っている間にまた洗濯物を入れて勝手に回すだろう。また、今吉の服だけを取り出して、脱いですぐに洗濯機を回せば、後からグチグチ言われるに決まっている。どちらにしても面倒くさい。
 悩んでいればふと背後に体温を感じた。そして、後ろから優しくそっと抱きしめられる。
「同じ洗剤てことは、花宮と同じ匂いってコトやろ。好きな奴の匂いをずっと身につけられるんやで? そら、幸せやろ」
 甘く、耳元で囁いた。その行為に花宮は背筋が嫌なものがぞわりとする。
 これは、ダメなパターンだ。
「先輩、離してください」
「せっかく恋人のとこ泊まりに来たのに、えっちぃこと我慢しなあかんの?」
「は? 誰も泊めるなんて――」
 無理矢理振り向かされて、唇を重ねられる。半開きになっていた口に下を捩じ込まれれば、あっという間に花宮のそれは絡めとられる。左手で、今吉の服に縋るしかなくなってしまう。
 今吉はキスが上手い。力が抜けてロクに立っていられないくらいに。
 満足したのか、唇が離れれば目を開けてその顔を見ると、獰猛な獣が獲物を狙うような瞳をしていた。花宮の心臓が一度跳ねる。いっそ、食われてしまっても良いと思いそうになってしまった。
 ふ、と笑みをこぼした今吉は、耳元で告げる。
「風呂上がり、楽しみにしとるで」
 ほな、と脱衣所をさっさと出て行った。花宮は頭を抱えてしゃがみこむ。お預けを食らったような状態で、上手い具合に翻弄されることに嫌気が差した。
 洗濯物のことも片付いていないというのに。深くため息をつけば、視界の隅にきっちりと畳まれた紺色のセーターが目に入る。
 これで勘弁してやるか。花宮は躊躇うことなくセーターに手をかけた。

「え、ちょぉ待って!」
 今吉の声に気がつけば、ゆっくりと目を開く。カーテンから漏れる光に、朝になったのだと気づく。結局、洗濯物を干す前にベッドになだれこんでしまい、そのまま寝こけてしまっていたようだった。
 隣に居たはずの今吉はおらず、ベッドの半分はぬくもりを失っていた。
 花宮はそのあたりに転がっていたパンツをはいて、カーディガンを引っつかんで羽織る。
「朝っぱらから大声出さないでくださいよ」
 声のした脱衣所に向かえば洗濯機の中身を見ている今吉が突っ立っていた。
 眉根は下がり、困ったを通り越して悲しいとでも言いたげな表情だった。
「花宮。ジブン、その辺においてたセーターも洗濯機の中に突っ込んだんか?」
「そうですね、紺色のセーターがあったのでついでに入れておきました」
 自分のではないと分かっていたそれを、ネットにも入れず洗濯機へとインしたのは昨晩の話。
「気を利かせて入れたつもりでしたが、何か問題でも?」
「花宮のアホー! セーターなんか普通に洗ったら縮んでしまうやろ!」
 慌ててセーターを取り出す今吉に、そうですねとだけ返す。
「ああー、ワシのお気にのセーターがぁ」
「ふはっ。それは残念ですね」
 今にも泣きそうな弱々しい声を出す今吉に花宮は鼻で笑うだけだった。
 因果応報。嫌がらせには嫌がらせを。ただそれだけの話だった。
作品名:ある日の二人 作家名:すずしろ