旅立ち集 ハイランダー編
「ツスクルさんは、セイレーンを知っていますか?」
ハイランダーは隣席に腰かける赤髪の呪術師に訊くが、彼女は首を左右に振った。
「ええっと……」
いざ説明しようにも、ハイランダー自身もセイレーンについて曖昧な点が多く、すぐに語ることはできなかった。
一見年下に見えるが、ツスクルが熟練冒険者であることは、地下一階のマッピングに同行してもらったので知っていた。
レンほどではないにしろ、博識で圧倒的な力を持っている。そんなツスクルなら、セイレーンについても知っているだろうと淡い期待感を覚えてしまい、否と返答された時の対応を考えていなかったのだ。
そんな彼に追い打ちをかけるように、ツスクルは眼下に陰りのある眼差しを真っ直ぐに彼へ向け、「セイレーンとは何か」と、静かな声で問うた。
そして、
「それが貴方と、どういう関係があるの?」
とも問うた。
どう答えていいか、というよりも、どこから語ればいいのかがわらず、ハイランダーはカウンターに置かれた木製のマグに視線を落とした。
エールの入った水面に、うら若き青年の顔が映り込み、その表情は金鹿の酒場を照らす灯りによってちらちらと揺れ動いていた。
「たしか、歌声で人を襲う怪物じゃなかったかしら?」
ふと顔を上げると、カウンターの向こう側に謎めいた微笑を浮かべる女将が立っていた。
「横やりを入れてごめんなさいね。聞いたことがあったからつい」
「…………」
ツスクルは女将の言葉に無言だったが、彼女の身体を拘束する鎖の音が、かすかに乾いた音をたてたような気がした。
ツスクルはあまり他人と関わろうとしない。
ハイランダーも彼女を一目見て、他人を避けるような雰囲気が出ているのを感じ取っていた。
そんなツスクルがなぜ夜の酒場に居座っているかというと、あるクエストの報酬を受け取るために来、早々に立ち去るつもりだったが、偶然ハイランダーと出くわし、なりゆきで彼の話を訊くことになったのだ。
一方のハイランダーだが、グラズヘイムの調査を開始しても探索は思うように進まず、何の収穫も遭遇もない状況だった。
酒場に来たのは少しでも探索のヒントとなる情報が得られたらと思ったから。
そしてツスクルと出会い、教えを聞くにつれて、会話はハイランダーの出生へと変わり、セイレーンという言葉が出てきたのだ。
「女将さんの言うとおり、セイレーンは海の怪物です。その歌声はとても綺麗で、ツスクルさんの戦いを見ていたら、ふと思い出してしまったんです」
円卓席の注文をとりに向かう女将の背中を横目で追いながら、ハイランダーは思い出したように語り始める。
呪言によって敵を攻撃するツスクルの姿は、彼の記憶に残る ‘ある女’ の姿を彷彿させた。
そしてその女性こそが、他ならぬセイレーンだった。
「聞かせてほしい」
ツスクルが言った。
賑わう酒場の音にかき消されてもおかしくないような声量だが、なぜかツスクルの声はよく聞こえた。
「少し長い話になりますが、いいでしょうか?」
無言のままこくりと頷くツスクルを前に、ハイランダーは記憶の糸を束ねる。
不意に、額の左にある傷がずきりと痛んだ。
「…………」
それから少し間を置き、ハイランダーは己とセイレーンとの物語をゆっくりと語り始めるのだった。
ハイランダーは隣席に腰かける赤髪の呪術師に訊くが、彼女は首を左右に振った。
「ええっと……」
いざ説明しようにも、ハイランダー自身もセイレーンについて曖昧な点が多く、すぐに語ることはできなかった。
一見年下に見えるが、ツスクルが熟練冒険者であることは、地下一階のマッピングに同行してもらったので知っていた。
レンほどではないにしろ、博識で圧倒的な力を持っている。そんなツスクルなら、セイレーンについても知っているだろうと淡い期待感を覚えてしまい、否と返答された時の対応を考えていなかったのだ。
そんな彼に追い打ちをかけるように、ツスクルは眼下に陰りのある眼差しを真っ直ぐに彼へ向け、「セイレーンとは何か」と、静かな声で問うた。
そして、
「それが貴方と、どういう関係があるの?」
とも問うた。
どう答えていいか、というよりも、どこから語ればいいのかがわらず、ハイランダーはカウンターに置かれた木製のマグに視線を落とした。
エールの入った水面に、うら若き青年の顔が映り込み、その表情は金鹿の酒場を照らす灯りによってちらちらと揺れ動いていた。
「たしか、歌声で人を襲う怪物じゃなかったかしら?」
ふと顔を上げると、カウンターの向こう側に謎めいた微笑を浮かべる女将が立っていた。
「横やりを入れてごめんなさいね。聞いたことがあったからつい」
「…………」
ツスクルは女将の言葉に無言だったが、彼女の身体を拘束する鎖の音が、かすかに乾いた音をたてたような気がした。
ツスクルはあまり他人と関わろうとしない。
ハイランダーも彼女を一目見て、他人を避けるような雰囲気が出ているのを感じ取っていた。
そんなツスクルがなぜ夜の酒場に居座っているかというと、あるクエストの報酬を受け取るために来、早々に立ち去るつもりだったが、偶然ハイランダーと出くわし、なりゆきで彼の話を訊くことになったのだ。
一方のハイランダーだが、グラズヘイムの調査を開始しても探索は思うように進まず、何の収穫も遭遇もない状況だった。
酒場に来たのは少しでも探索のヒントとなる情報が得られたらと思ったから。
そしてツスクルと出会い、教えを聞くにつれて、会話はハイランダーの出生へと変わり、セイレーンという言葉が出てきたのだ。
「女将さんの言うとおり、セイレーンは海の怪物です。その歌声はとても綺麗で、ツスクルさんの戦いを見ていたら、ふと思い出してしまったんです」
円卓席の注文をとりに向かう女将の背中を横目で追いながら、ハイランダーは思い出したように語り始める。
呪言によって敵を攻撃するツスクルの姿は、彼の記憶に残る ‘ある女’ の姿を彷彿させた。
そしてその女性こそが、他ならぬセイレーンだった。
「聞かせてほしい」
ツスクルが言った。
賑わう酒場の音にかき消されてもおかしくないような声量だが、なぜかツスクルの声はよく聞こえた。
「少し長い話になりますが、いいでしょうか?」
無言のままこくりと頷くツスクルを前に、ハイランダーは記憶の糸を束ねる。
不意に、額の左にある傷がずきりと痛んだ。
「…………」
それから少し間を置き、ハイランダーは己とセイレーンとの物語をゆっくりと語り始めるのだった。
作品名:旅立ち集 ハイランダー編 作家名:春夏