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ごおっ、と風が轟くように谷底で響く。

「……こんにちは」

目を開けていることさえままならない、風。
果たしてこちらの声が届いただろうかと思ったが、それは杞憂だった。
この深い谷底、風の渦巻く目の中で、「それ」は微笑んだ。

『そしてこんにちは!』

明朗な声は、はっきりと耳に届いた。
自分の声さえまともに聞こえなかったというのに妙な話だが、そもそも目の前の存在は、そうした人知の慮外にある。

『やあ!私はスカイハイだ!契約をお望みかな?』

目の前の「それ」は、まるで今朝の天気を尋ねるような口調で問いかける。
こくり、と神妙に頷き返すと、「それ」はまた、にっこりと微笑んだ。
おかしなものだ。姿形、影さえない存在なのに、表情を感じる。
そう、目で見ているのではない。だって、今も自分は、渦巻く風の強さに、まともに瞼を開いていることさえできずにいるのだ。

『了解した、契約の代償は砂糖菓子だ!今持っているかい?』

思いがけないことを言われて、えっ、と息を飲む。
だが、すぐに荷物の底から、ドロップの缶を取り出した。

「これで足りるだろうか」

食べかけだが、まだ半分以上残っている。
目の前に突き出して、缶を振って見せると、ガラガラと音がした。

『ふむ、とりあえずはいいだろう、また追加を頼むよ!』

ドロップの缶を、風が浚う。
いや、「手」が、掴んで奪っていったのだ。
目の前で、何かが形作られていく。
この世のものではない、かりそめの輪郭。
それはまるで、姿見に映したような。

『君に風魔法の秘術と、風の精霊の加護を与えよう。秘術を得たものが道を誤ると死を招く。その覚悟はあるかい?』

微笑みながら、「それ」は問いかける。
ごうごうと唸る風に足下を掬われそうになるのを、脚にある限りの力を込めて耐える。
感覚が消えそうな指先をぐっと握り込み、「それ」を見据えた。

「……私はその力を得て、人を救いたい。この命を危険に晒しても。覚悟なら……」
『そうではない』

まさに決死の覚悟で口にした台詞は、あっさりと遮られた。
こちらが呆気に取られているうちに、相手はいっそう優しい微笑を浮かべて言った。

『この魔法は誰かを生かすかもしれない、そして誰かを殺すかもしれない。君が御しきれなければ、悪魔のような災害が起きるだろう』

天の差配とは、得てしてそういったものだ。
人はそれを運命とも、宿業とも呼ぶのかもしれない。
人の身には余る力だ。それを御すことができると考えること自体、傲慢なのだ。
だが、例えそうだとしても、目の前で失われていくものがあるのだとすれば、手を伸ばし続けるし、抗い続けることしかできないだろう。
――それこそが、自分に定められた業なのだとしても。

『命を救うも奪うも君の脳力次第だ』

選ぶ余地など、はじめからないのだ。
今、この体を支配するのは、恐怖でもなく、歓喜でもない。
名もなき感情が、谷底に轟く風と、ひとつになる。
目の前の「それ」は、よく知った男の姿をしていた。
そう、よく知っている。生まれた瞬間からずっと。

『さあ、君の覚悟は?』

問いかける声に、私は同じ微笑を浮かべた。
作品名:no title 作家名:あらた