no title
小さくかみ殺した欠伸を目敏く見咎められ、いささかバツの悪い気持ちで、視線を逸らす。
日頃はあちらの方がよほど不摂生な生活を送っているのは知っているし、責めるように言われる筋合いはない、と言い返してもよかったのだが、さすがにそれは大人げない気がした。
筋合いがない、と言い切るほど、彼は自分にとって無関係な人間ではないし、彼がこんな風に無意識に責めるような物言いをするのは、心底気にかけてくれているからなのだと知っている。
彼は、自分のことよりもよほど、大切なのだ。
だから、その大切なもののためなら、生意気にも、私にさえ楯突く。
「……まあね……。どうせTL監視があるから、ちょうどいいわ。原稿をするべき子たちもきゃーきゃー言ってるのが気になるけど」
昨夜は、手持ち無沙汰で紐解いたミステリ小説が存外おもしろくて、ついページを繰る手が止まらなかった。合間にTL監視をしていたら、気づけば夜明け近くで、改まって指摘されるまでもなく、失敗したな、という自覚はあった。
「楽しそうで何よりなんだけど、死にそうな顔してるとこっちが心配になるよ」
「そんなにひどい顔してるかしら」
睡眠不足なのは事実だが、瀕死に例えられるほど弱っている自覚はない。
朝、顔を洗ったときに鏡に映る自分を見て、少しばかり念入りにファンデーションを重ねたし、違和感がない程度には取り繕えたはずだ。
だが、彼は至近距離からこちらの顔をのぞき込み、眉を顰めてきっぱりと言い放つ。
「クマ目立ってる」
長い彼の指先は、こめかみからこぼれ落ちていた黒髪をそっと摘み、耳にかけた。
掠めるように耳朶に触れて、すぐに離れる。
「俺の自慢の美人ねーちゃんなんだから」
ささやくような低い声が、耳元に吹き込まれる。
同じ色の瞳に、合わせ鏡のように同じ色が映り込む。
近すぎる距離が心地よいと思うことも、触れた指先の熱に物足りなさを覚えるのも、まったく馬鹿げたことだ。
私は、この他愛もない遣り取りに、くすりと小さな笑いをこぼした。
「そう、じゃあ今日はいつもより仕事を任せていいわね?」
「どうしてそうなるの!?」
悲嘆する愚弟の声には背を向けて、開店前の店の入口へと向かう。
まばゆい朝日に、私は寝不足の目を細め、ばれないようにまた、小さく笑った。