オウムがえし
ついに他のシーンはほぼ完璧となり、残す課題はそのシーンだけになった。男がオニドリルの前で練習するのもひたすらそのシーンだった。オニドリルの前でいくどとなく同じ台詞を言った。
きっとあのころならすっかり覚えられてしまい、鳥の語る奇妙な物語のレパートリーに加えられたことだろう。昔を回想しつつ男は繰り返した。
目の前のオニドリルを相手役に見立てて何度も同じ台詞を。
「大丈夫、大丈夫、きっとうまくいくよ」
「大丈夫、大丈夫、きっとうまくいくよ」
何度言ってもしっくりこなかった。
違うんだ。こんなんじゃないんだ。
男はオニドリルに向かって何度も語りかけた。何度も、何度も。
「大丈夫、大丈夫、きっとうまくいくよ」
「大丈夫、大丈夫…、きっとうまくいくよ」
「大丈夫…、大丈…夫、きっと…きっとうまくいくよ」
「…きっとうまく…うまく…」
大丈夫、大丈夫、きっとうまくいくよ。
台詞とは反対にとてもうまくいきそうになかった。まったくもって皮肉な台詞だ。オニドリルの前で特訓は続いた。だが日を追うごとにかえってだめになっていくようだった。言えば言うほどにうまくいきそうになかった。
今や立派になったオニドリル用の止まり木の下にうずくまって男は言った。
「ああ、せっかくここまで来たのに…やっぱり僕はだめな奴だったのだろうか」
オ二ドリルは何も言わなかった。
「君がオウムがえししていたころがなつかしい。あの晩…僕は、君にひどいことを言ったね。それ以来、君はしゃべらなくなった。君のせいじゃないのに、僕が未熟だっただけなのに…ごめん、ごめんよ…僕が悪かったよ…」
「…い、…だよ、…か、何か…言ってくれよ…」
オニドリルは無言のままだった。
無意味に日付は変わっていく。
結局、演技を完成できぬまま舞台初日はやってきた。男は朝早く起きて出発の準備をした。出発の時刻はまもなくやってきた。生気のない目をしながら男は力なくドアノブを握った。ゆっくりとふりかえるとオニドリルに言った。
「…いってきます」
オニドリルは無言のままだった。
男は背を向けドアを開いた。
完成はできなかった。けれど逃げるわけにはいかなかった。
男は言った。
たぶん脚本の台詞としてではなく、自分と、自分の背中を見つめるオニドリルに向かって。
「…大丈夫、大丈夫、きっとうまくいくよ」
「…クヨ」
「ダイジョウブ、ダイジョウブ、キットウマクイクヨ…」
オニドリルが返した。
オウムがえし 了