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日常の色、戸惑いの色

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空は青く透き通り、どこまでも飛んで行けるような気さえした。


かつてこの青い空が一面蜃気楼のような異質な風景に埋め尽くされたことがあった。
それが消え去ってから一年。
忘れもしない、あの日が来ようとしていた。
6月9日
まりんの人生を一変させ、そしてまた元に戻してくれた。
忘れられるはずもない、出会いと別れの日。
無事、年相応に成長したまりんは中学三年生になっていた。

「進路かぁ…」
中学三年生と言えば進路の分かれ目である。
進学か、はたまた就職か。
さんざん迷ったまりんの背中を、長屋の人たちはそれぞれに押してくれた。
言い方は違ったが、全員がまりんのしたいことをすればいい、と。
やりたいことはと問われて、まりんは真っ先にモトばあちゃんとの話を思い出した。
作家先生とかになれたらいいな。
なんとなく思っていたことから進学を選んだ。
費用はアメリカの大統領からアポロ計画の時の謝礼をもらった分で問題ない。
自分の成績と身のふりにあった等身大の公立がいいだろうと教師から言われ、そのすすめのままに目指すことにしたが。
両手を頭の後ろで組み、鞄を行儀悪くぶら下げる。
「え?まりんちゃんも進学だよね?」
不思議そうな声で萌が隣から答えた。
「うん、そうなんだけどね」
あはは、と頭をかきながら苦笑いを返す。
「そうなんだけど…」
珍しくいいよどむと、まりんはふと空を仰いだ。
「どうしてだろう。なーんか実感がわかないんだよね」
自らが口にした言葉のように、まりんはどこか遠い目をした。

萌は隣の親友を少し不安そうに見守った。
あの日からまりんはこういう表情をすることが多くなった。
普段は今まで通り、少しお調子者だけれど明るく強くて心優しい萌の大好きなまりんのまま。
けれど、時折見せる空っぽな表情に萌は気がついた。
まるで大事な何かを落としてしまったままのような。
大切な何かが欠けてしまったままのような。
みているこちらの胸が痛くなるような、そんな悲しそうな気配を時々だが感じるようになった。
全てはあの青くて大きな人、まりんにとって大事な存在がいなくなってしまった日から。
大好きなまりんがそんな顔をすることが萌は辛かった。
だから、明るく励まそうと精一杯がんばってみた。
けれど、まりんが失った空白を埋めることはどうしてもできなかった。
それをができるのはただ一人だけ。
「…まりんちゃん…あの…」
「あははっ!ごめんね、こんな話」
「ううんっそんなこと…」
「今から頑張って来年の受験に備えないといけないのにね!頑張らなきゃ」
いつものように明るく言うと、まりんはいたずらっぽく笑って見せた。
「志望する高校に落ちたりしたら恥ずかしいもんね」
「うん…そうだね」
萌も高校進学だが、まりんとは違う私立への受験が決まっていた。散々話し合った結果納得して出した答えだが。
「…でも…受験が終わって卒業したら、まりんちゃんと離ればなれになっちゃうの、寂しいな」
しょんぼりする萌をきょとんとした顔で見つめた後、まりんはその背中をぽんと叩いた。
「大丈夫だよ!たとえ進む道が違っても萌ちゃんとあたしは親友同士!それは変わらないよ」
「まりんちゃん…」
感動して瞳を潤ませる萌に頷き返すと、まりんは明るいほほえみを浮かべた。
「それに、生きていればいつだってどこでだって会えるんだもん。だから、大丈夫」
いつものしっかりもののお姉さんみたいな笑み。
けれど、その表情は、確かに笑っているのに、どこか少しだけ苦いものと希望のかけらのようなものが混じった複雑な色をしているようにも見えた。


作品名:日常の色、戸惑いの色 作家名:股引二号