それでも君を
―――――――――それでも君を愛してる。
本当は優しい君は校舎裏で秘密で捨て猫の世話をしていた。誰も見ていないとでも思っていたのだろうか愚かな君は捨て猫に笑顔を見せた。それを毎日の楽しみにしていた俺。
人間のことを愛してる。深く深く。俺は人間という愚かで儚い生き物を愛している。愛しているのは全体であって個人ではなかったはずだ。それでも俺は君を愛していた。
愚かな人間には俺自身も含まれていた。無知に耐え切れず、自分の気持ちを知ってしまった。気付かないように眠らせていた人間的な感情を思い出してしまった。まるで毒のように蝕むその劇薬に俺はどれだけ悩んだだろうか。
君はいつも一人だった。優しい、という一面を持っているにもかかわらず周りの人間からは忌み嫌われた。その人間を守ろうと他の人間を傷つければ同時に自らをも傷つけた。
守れば守るほど孤独になっていく君。優しくなればなるほど疎まれる君。なんて馬鹿な生き物だろうかと心の中で俺はたからかに笑った。哀れ。ただそれだけの感情だったはず。そうなる予定だった。しかし頭をよぎったのは一筋の哀れみではなくひどく優しい救済を臨む気持ちだった。
人間が好きだ。それは自分以外に向けられる無償の愛。いつからそうなったのかは覚えていない。しかし、常に心にあったのは人間の営みというものはひどく自分から遠く離れているという諦めにも似た感情。他人を愛せば自らを愛してくれる人間が現れてくれるのではないかという的外れな希望だった。
他人に愛してほしいから見ず知らずの人間を愛する。
愚かで吐き気がする最後の叫びだった。
そんな君が昔の俺とぶれたから。そんな下らない感情ではなくてただ君を愛してしまったから。俺は君を助けたい。ひどく孤独で優しい君に教えてあげたい。
ここにいる。君を愛している人間はここにいる。愛してほしいから君を愛すのではない。ただ、君という人間をひどく好きになってしまったから愛する。
その声は届かない。
いつしか俺たちは日々殺し合いをする仲になった。相手は壊しても壊れない人間。こちらは普通の人間だ。どれほど不利かは分かっている。ただ、君に教えたい。
壊されても、君と向き合う人間はいるということを。
痛みがないわけではない。相手を傷つけないわけでもない。互いに傷ついているのに俺たちは止めようとはしない。
月日は流れて彼とは毎日ではなくたまに顔を合わせる程度になった。それも俺が池袋へと向かわなければほぼ会うことは無い。会うたびに彼は俺を殺そうとする。それでも彼に会いに行くのは彼に純粋に会いたいから。
少しずつ、少しずつ、彼の周りには彼と心を通い合わせられる人間や対等に渡り合える人間、彼のことを真剣に想っている人間が増えていった。そのたびに俺の心はひどく痛みながら歓喜の声を上げる。愛している人間が幸せになっていく姿を見て喜ばない人間がこの世界にいるだろうか。
彼の笑顔は次第に猫ではなく人間に向かうようになってくる。彼とは対比して、前にも増して孤独になっていく俺。あぁ、これで俺の仕事も終わりそうだと目を瞑った。
わき腹からは赤い液体が流れ落ちる。それは俺の足元に水溜りを作っていく。もう彼に残せるものは何も無い。残したいものもない。
ひどくひどく分かりづらい彼への愛。彼は気付くことなく日常を過ごしていく。分かっているのは俺が彼を愛していたということ。その感情は俺以外の誰のものでもない。
どんなに俺がみじめだと、哀れだと、愚かだといわれても構いはしない
「――――それでも、君を、愛してる・・・・・・」
折原臨也が永遠に姿を消したのはなんの変哲もないただの平日のことだった。